遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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野良猫、その後…。

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1月の厳寒時に、家の裏に迷い込んできた野良猫。段ボール箱を与え、餌も与えたら、未だに居ついている。
今朝も居るのを確認して、餌を与えてみた。その時に、カメラで撮影してみた。カメラを近付けると「フーッ!」と威嚇するが、それでも近付いてきて、餌を食べ始める野良猫。逃げないという事は、慣れてきたのだなぁと思う。餌を食べている最中に、頭を指でチョンと突っついて見たが、気にする様子は無かった。まだまだ寒い遠野、春が来るまで野良猫は、ここに居るのだろうと思う。
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ところで、家の猫も気になる様で、一日に何度か、この野良猫の様子を見に行っているよう。ただ野良猫は。家の猫を相手にする気も無いようだ。
しかしこうして見ると、家猫と野良猫の環境の違いは歴然としている…。

# by dostoev | 2018-02-10 10:59 | 民宿御伽屋情報 | Comments(0)

南部鶏舞トイウモノ

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早池峯神社の夜神楽に、鶏舞がある。この鶏舞は、南部神楽の演目のようである。それ故に、画像でわかるように早池峯神社の幕には、南部の家紋が描かれている。この鶏舞は、「古事記」においては天岩戸に籠った天照大神を出そうと、常世の長鳴鳥を集め、互いに長鳴きさせた事を再現したものだとされている。長鳴鳥は、鳴声が暁を告げ、闇の邪気を祓う太陽の神使とされている。伊勢神宮の神使が鶏になっているのは、この「古事記」の記述によるものである。
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ところが鶏舞は、雌雄の鶏が踊るものとなっている。東北において雌雄の鶏で、何を思い出すだろうか。それは恐らく、奥州藤原氏が金鶏山に黄金の雌雄の鶏を埋めた伝説ではなかろうか。更に気になるのは、鶏冠の兜のデザインである。恐らく南部時代から続くデザインと思われるが、そこに鶴があしらっているのは南部氏の家紋である向鶴を意図してのものだろう。ただ、鶴は鉱山用語で「鉱脈」を意味している。そして、兜の左右に赤い玉と、白い玉が描かれている。それは日月を意味しているもので、かなり興味を引く。何故なら天台宗、及び真言宗での日月とは、明けの明星である金星を意味するからだ。鎌倉時代の「梵天火羅図」には金星とは形如女人。頭戴酉冠。白練衣弾弦」と記されているが、様は女神であり、琵琶を弾く事から弁才天や吉祥天に習合しているようである。平泉は、天台宗や真言宗の影響を受けていた。その台密・東密において、金星とは、下記の様に記されている。

「中尊志神伝。人魂魄也。但頂鶏戴事。僧正本命曜之金曜也。」

中尊が人の魂魄であり、中尊の頭部の鶏冠は僧正の本命曜が金曜星であるとしている。奥州藤原氏の築いた中尊寺の名は、ここからきているのだろう。金鶏山に黄金の雌雄の鶏を埋めたという伝説は、金星に対する信仰に基づくようだ。ただし、あくまでも九曜の中の金星である事から、南部氏の家紋に刻まれている九曜紋の信仰が根底にあるだろう。
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さて一歩引いて、鳥舞が天照大神を天岩戸から出す為の手段であるとしよう。早池峯神楽でも、天岩戸舞はある。この舞で現れ出でた天照大神は、黄金の面を付けている。太陽を色で表す場合、赤色、もしくは白色と、月と重なるときがままある。それが黄金色であっても、違和感は無いだろう。ただ、黄金色の大抵は、仏像で使用される場合が多い。以前書いた記事に、「遠野物語拾遺126(三面大黒 続編)」がある。その記事に書いた様に、黄金色の仏像などは、そのまま黄金を意味していた。早池峯神社には、三面大黒の体内仏に黄金の十一面観音像があったと記している。これは山に内包物である金鉱脈を意味するもので、それを手にする為に始閣藤蔵などが、早池峯山に祈願している。早池峯神社の前夜祭で繰り広げられる夜神楽には、南部氏の意識が含まれていたものと思われる。恐らく、鶏舞は天岩戸から黄金の天照大神を出す為の前座の舞であろうが、その背景には金星信仰と九曜信仰があり、それは南部氏が元々採掘・冶金の氏族であった事を意味するのだろう。

# by dostoev | 2018-02-09 18:07 | 「トイウモノ」考 | Comments(0)

今年は、やはり寒いのだろう。

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毎年見に行く、旧仙人峠手前の砂防ダム湖は風が強い為に、日中に溶けた雪などが風にあおられて、変った形に凍ってしまう。それが今年は、殆ど無い。
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何と言うか、ダム湖というより、乾燥している砂漠地帯を見ているかのように感じた。
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中央には、僅かに水の流れがあるが、それ以外は凍土だけのダム湖となっている。
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冬が進むにつれ、ダム湖の水量が減って行くのだが、画像の様に見た目で、どれだけの水量が減ったかわかる。
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しかし今年は、初めから水量が無かったのだろうか?いや、去年は例年より雨の多い年だったと記憶している。同じ時期で、何故にこれほどの違いが出て来るのだろうか。水量と風と、寒暖の差で氷の芸術は出来ている。その寒暖の差が殆ど無かったのが今回の冬だったのか。
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例年だと、面白くも綺麗な氷の造形を見る事が出来るのに残念だ。
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# by dostoev | 2018-02-08 17:29 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(0)

冬の遠野駅前河童

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「ああ、また雪が降ってきやがった…。」という声が聞こえそうな、遠野駅前の河童像。相変わらず寒い遠野であるけれど、2月10日の予想最高気温が7度で、予想最低気温が0度という遠野。この時期で、この気温であるなら、冬のピークは過ぎた様な気もする。
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ともかく、衣服をまとっていない遠野駅前の河童像だけれども、見ていても寒そうに見えない。まるで雪をオーラにしてまとっているかのよう。
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体は華奢な痩せ河童ではあるけれど、寒さに震えている様に見えないのは、さすがに遠野に棲みつく河童。
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雪の中でも、不敵な笑みを浮かべている様に見える。もしかして、春が近い事を知っているのだろうか?
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# by dostoev | 2018-02-07 17:43 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(2)

皆既月蝕の迷信

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残念ながら1月31日は、仕事の都合上皆既月食を見る事が出来なかった。ところで皆既月蝕だが、古い迷信にこういうものがあった。

「月蝕は、人の病気を引き受けてくれる。」

恐らく体の健康な状態は、満ち足りた月の様だと。それが欠ければ、病気になったりすると考えられたのだろうか。ところが天空にひととき、満ち足りた状態から短時間で月が欠け、再び満ちたりた状態に戻る月蝕に、人々は神秘を見たのかもしれない。天空に神秘の輝きを放つ月に神仏を重ね、願いをかける昔の人々がいたのだろう。だからいつしか、こういう迷信が誕生したのだろうと思う。例えば、子供が生まれれば、庭先に桜の木を植えた。桜の樹齢は、人間の寿命に近いので、人間の依代とも考えられた。また桜は霊界と繋がっているとも信じられた為、いろいろなものを吸い取ってくれる。つまり我が子の病気さえも吸い取ってくれるだろうという親の願いが、庭先に桜を植える事になっていたようだ。これと似たような迷信であり考えが、天空の月に移ったのだろう。現代医療を体験している自分達にとって、少しの病でも死に至る時代は、いろいろなものに命を託して生きて来た。その名残が、皆既月蝕への迷信でもあったようだ。

# by dostoev | 2018-02-02 10:05 | 民俗学雑記 | Comments(0)

天女トイウモノ(其の一)

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菊池照雄「山深き遠野の里の物語せよ」において菊池照雄氏は、館と沼の御前と天女伝説が何故か結び付いていると問題提起した。「遠野物語拾遺1」「遠野物語拾遺3」「遠野物語拾遺4」にも天女、もしくは天人児の話として紹介されている事から、遠野でも天女伝説は大切なものとして定着したものだろう。その最もたるものは、遠野三山神話になる。早池峯山、六角牛山、石上山の三山に、三女神が向かうのには歩いて行く表現もあるが、飛んで行くという表現もある。日本の古代では、天を山の上とも定めていた。その山の上に飛んで行く遠野三山の女神は、天女でもあった。蓮華を手にした女神は早池峯を手にする事がとされるが、蓮華を象徴するものは吉祥天女である。つまり、早池峯を手にした女神は吉祥天女でもあるという事。これは、北の守護神でもある毘沙門天に対比されるものでもある。その毘沙門天の妻は、吉祥天とされている事からも、早池峯山へと据え置かれた女神は、当時の朝廷の考えに則った女神である。早池峯の女神は瀬織津比咩という神名を持っているが、その古くは熊野から養老年間に蝦夷征伐の為に室根山へと運ばれて来た女神であるが、当時最強の女神という触れ込みであった様。

これは遠野だけでなく日本全国に拡がる天女の話ではあるが、日本に於いては「近江国風土記」「丹後国風土記」の天女伝説が元になるのであるのだろう。しかし、これら「風土記」の羽衣伝説もまた、何かをモチーフにして創作されたものと思わねばなるまい。例えば阿蘇の羽衣伝説を調べると、神武天皇の孫がその地を支配した時、その土地の娘を強奪して奪った、もしくは土地の地母神を奪った行為が、羽衣伝説になったものに思える。司東真雄「東北の古代探訪」によれば、大昔から蝦夷が神としていた山に上毛野国から来た上毛野氏が駒形神を祀った為に、蝦夷の反乱が起きたと記されている。神を祀る地に、別の神を祀るとは、その神や、神を祀る人々に対する冒涜になる。しかし、その土地の地母神を妻にするというのは、ある意味融和策であろうが、人質にとったものでもある事から、その土地の者達は手出しを出来なくなる。

天女の起源はインドに求められる様だが、古代中国での一般的は、天の川と重なる天女伝説となる。天の川といえば、天照大神と素戔男尊の誓約の場面は、天の安川を挟んでのものだった。天の安川とは、天の川であるとされる。更に素戔男尊が手にする十握劒を天照大神が手にして三つに折り、天眞名井の水で濯ぎ噛みに噛んで噴きだした狭霧から誕生したのが宗像三女神であった。「丹後風土記」で眞名井の池で水浴びしていたのが天女であるから、恐らく天眞名井の水の狭霧から誕生した宗像三女神が天女のモデルになったのではなかろうか。「丹後風土記」に登場する豊受大神だが、中世には天照大神よりも神格の高い女神とされた。江戸時代になってお伊勢参りが盛んになるが、それは伊勢神宮での豊受大神を祀る外宮参りであって、天照大神への参詣ではなかった。何故に豊受大神が天照大神を凌ぐ神格に昇格したかといえば、それは中世に創られた中世神話によるものであったよう。山本ひろ子「中世神話」を読む限り、豊受大神の存在そのものが、いろいろと利用されたものの様に感じてしまう。それ故に「丹後国風土記」もまた、豊受大神の神格の上昇に一役買っている気がしてならない。豊受大神は常陸国から丹後国に来たとの伝承もある事から、豊受大神を天女として考えるのは、ここでは差し控えたい。あくまで日本での天女の原型は、天照大神であり、宗像三女神であると思える。
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この前「妙見の女神」の記事を書いた時と同じ画像だが、妙見曼荼羅に描かれている七星閣には七人の女神が居り、そのうちの一人だけが下界に降りて来ている。七星閣は北斗七星を表しており、七人の女神は、その一つ一つの星に対応している。下界に降りた星の名は、「覚禅鈔」によれば「北斗七星之中一星下地。是文曲星。」でと記している事から文曲星という北斗七星を構成している一つの星である。文曲星は水精でもあるので、水を自在に操るともされる。それ故に、七星閣から地上に降りたった白いものは、水であり、滝を表しているのだろう。この文曲星の本地は、吉祥天であり十一面観音とされている。そして北を司る水精であり、泰山府君を配すとされている。この地上に降りる星として浮かび上がるのが、天台宗の秘法であった尊星王法である。これは聖武天皇時代、東北から金が発見されると託宣した琵琶湖近くの三井寺最高の秘法であると云う。

「近江国風土記」の羽衣伝説もだが、琵琶湖を中心とする豊かな水と、それを望む北斗七星が降りた伝説のある比叡山は、水と星の伝説に溢れる。その比叡山の麓で琵琶湖の辺である、かって天智天皇が都を築いた大津にあるのが、天台寺門宗の総本山が三井寺である。伝説の背後には、よく信仰が入り込む。ましてや聖武天皇は、深く仏教に帰依していたというが、その当時の仏教の主流は天台宗であった事からも、深く妙見信仰に結び付いていた。そして尊星王法も含む修法は、天皇が営ませる事を原則としていた為、妙見の信仰には政治的要素も入り込み、当時の為政者の意図が反映されていたものと思われる。中西用康「妙見信仰の史的考察」によれば、元明天皇・聖武天皇・孝謙天皇の即位の宣明には「近江大津の宮に御宇し天皇の改るまじき常の典と初の賜ひ定め賜へる法」と。つまり近江令の精神に従って政治を行えと云う旨が宣言されている。大津宮を築いたのは天智天皇で、その時に三井寺を創建する予定であったが、壬申の乱などで頓挫した。しかし天武天皇がそれを許可し園城寺の寺号を与えた。その後の天皇にも大津の精神が伝えられ、平安京を築いた桓武天皇は「近江大津の宮において制定された永遠不変の律令に従って万機を総攪する。」と宣言している。更に淳仁天皇の時代の即位の宣明には「北辰妙見菩薩呪」の一文が使用されている事からも、天皇の背後には常に天台宗がいた事が理解できる。

三井寺による尊星王法は、龍に乗った女神の姿で表されている。その竜は、北辰であり、北斗七星の姿であると。それがしばしば"九頭竜となって地上に降臨し"、三井の尊星水を守護したという。この龍に乗った女神は、三井法流では吉祥天女とされている。これはつまり、北斗七星での文曲星という事である。ところで九頭龍だが、九頭一尾の鬼と記された嘉祥二年の開創は、天台宗である比叡山の僧による書「阿娑縛抄」によるものだが、その200年後に戸隠山の僧による「顕光寺流記」によれば、比叡山の学問行者の前に「九頭一尾大龍」が出現していたという事らしい。それを別に「九頭竜権現」とも云う事から仏教と結び付いていたようだ。この九頭竜が何故、北斗七星の変化であるのか伝わっていなかったのは、あくまで当時の秘法であった為だろうか。その九頭龍は、白山にも出現しており泰澄が白山の池に祈ると九頭龍が現れ、真の姿を現わして欲しいと祈ると十一面観音が現れたという。また「彦山流記」でも、阿蘇の池に九頭龍が現れ、そして十一面観音が現れている。九頭竜を祀る戸隠神社は、天照大神の隠れた天岩戸の岩戸を天手力男神の手によって、九頭龍は隠されてしまったが、それは何故なのか。この戸隠神社と同じ事が起きているのが長谷寺である。長谷寺に奥の院と称する瀧蔵神社というものがある。古来より信仰が深い神社で「長谷寺へ参詣しても当社(瀧蔵神社)へ参詣しなければ御利益は半減する。」と云われているのだが、そこにも九頭竜が祀られ、それを閉じ込めるかの様に天手力雄神もまた祀られている。それは天照大神の命を受けて、天手力雄神が来た事になっているが、それは戸隠神社と同じ理由の様であった。ここで解せないのは、何故に北斗七星の化身である九頭竜が封印されたのか。また九頭竜本来の姿である北斗七星の姿を隠し続けなければならなかったのかという事。更に、この尊星王法とは、太白金星をもモデルにしていると云う。金星で思い出すのは、香香背男であり、天津甕星という悪神とされた星神である。この香香背男は隠岐においては、龍神であり水神として信仰されていた。また二荒山を開山した勝道上人は、金星を求めたという。妙見菩薩が両手に日月を手にしているのは、日と月を合せるのは明であり、金星を意味すると。しかしそれならば、何故神話の上で金星を表す香香背男であり天津甕星が悪神とされたのか理解出来ない。恐らく大切な神でありながらも、表に出せなかった理由があるのだろうと察する。

このように天女の話で始まったのだが、恐らく簡単に天女だけの話で済まされなくなってしまったようだ。ともかく日本における原初の天女の形は、天の安川で対峙した天照大神であったろう。今となっては、それが本当の天照大神であったかさえも疑問となる。何故なら、「日本書紀」などの記述から、天照大神が武装して前面に立つ筈もない。ましてや天の川に立つ天照大神は、その性質から有り得ない話となる。次は、その天照大神と天女を絡めての話としよう。

# by dostoev | 2018-01-31 23:06 | 「トイウモノ」考 | Comments(0)

眼が潰れる

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遠野市小友町の長野には、菊池の姓を持つ家が30、40件はあると云う。その菊池の大本家に、見ると目が潰れる、もしくは祟られるモノがあると伝わる。眼が潰れる、もしくは見えなくなると伝わるものに「遠野物語拾遺141」で紹介される宮家の開けぬ箱というものがある。

宮家には開けぬ箱というものがあった。開けると眼が潰れるという先祖以来の厳しい戒めがあったが、今の代の主人はおれは眼がつぶれてもよいからと言って、三重になっている箱を段々に開いて見た。そうすると中にはただ市松紋様のようなかたのある布片が、一枚入っていただけであったそうな。

                       「遠野物語拾遺141」

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また他に別に汀家に伝わる「開けぬ箱」というのがある。これは、中に阿曽沼家の家紋を纏う者が、南部家の家紋を斬るという絵柄が入った紙が一枚入っていただけであったという。当然それが南部時代に開けられ広まれば、御家取り潰しとなったのだろう。その為の禁忌として「眼が潰れる」などと伝えたのかもしれない。恐らく宮家もまた、阿曽沼氏に仕える身であった事から、汀家と同じ様なものではなかっただろうか。そして、この宮家も汀家も、どちらも遠野町に属している。ところが小友町の長野の菊池家に伝わるものは、それらしい雰囲気を醸していない。だいたい箱に入っているモノなのか、どうかさえわかっていない。実際に、この菊池の大本家は昔、それを見た為か、相当に栄えた家であったが、それに祟られ死に絶えてしまったと云う。その菊池の大本家が祀る神社に、堂場沢稲荷がある。現在は、その別家が別当をしているそうである。堂場沢稲荷は、急坂を20分程度登って行く小高い山にある。その社を開けて中を見ると、片目の狐像があるので、ゾッとする。

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そして社の外には不思議な岩がある。一つは奇妙な形の石があるが、それは鹿除けの石とされ、別名「シシボ稲荷石」とも云われる。
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この岩穴は不思議な岩穴とも呼ばれ、なんでも、そこに物を投げ入れると、戻ってくるとか、穴に向かって呼びかけると返事が返ってくるなどと云われている。これは以前、諏訪での「御室神事」に関係するもので、蛇と繋がりの深いものではないかと考えた。そしてもう一つ加えれば、もしかして竜宮の入り口を意図した岩では無いかという事。山中他界という言葉があるが、竜宮の入り口が山中にある話は、全国にある。

これら奇妙な石も含めて管理している小友町の菊池家は恐らく、採掘・治金に長けた一族であったのだろうか。稲荷信仰もまた鋳也(イナリ)という蹈鞴系に信仰されるものである事から、あるモノを見ると目が潰れるという伝承は、宮家や汀家のものとは違い、一つ目伝承に重なるものではなかろうか。

貞任山には昔一つ眼に一本足の怪物がいた。旗屋の縫という狩人が行って
これを退治した。その頃はこの山の付近が一面の深い林であったが、後に
鉱山が盛んになってその木は大方伐られてしまった。

                        「遠野物語拾遺96」
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この「遠野物語拾遺96」の舞台になった貞任山へは、堂場沢伝いに歩けば、辿り着く事が出来る。もしかしてだが、「遠野物語拾遺96」に登場する一つ眼一本足の怪物と、この堂場沢金山などを管理した菊池氏とは、「見ると目が潰れる、祟られる。」の伝承も含め、何等かの繋がりがあるのではなかろうか。大本家が"それ"を見た事による祟りによって栄えた家が死に絶えたという事であるが、恐らくこれは金山の衰退によるものだろうと思われる。貞任山の南に男火山と女火山が聳えているが、この三山で野タタラが行われていたとも聞く。古いタタラ勢力と、新しいタタラ勢力の戦いが「遠野物語拾遺96」であった可能性もあるが、いずれにせよ金の埋蔵が枯渇すれば、全ては無くなってしまう。採掘によって繁栄した菊池家の大本家が死に絶えたのは、そういう流れであったのだろう。眼が潰れるとは、金の埋蔵の枯渇を意味したのではなかろうか。

# by dostoev | 2018-01-28 11:07 | 民俗学雑記 | Comments(7)

馬を火に馴らす

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「ルミナリアス」という、炎の中を馬で駆け抜けるスペイン伝統行事がある。これは動物を清めるのが目的だとされる。これと似た様なものに、盛岡では「樺火」と云われる行事があったようだ。伊能嘉矩「盛岡樺火」によれば、旧暦の7月14日、15日に樺の皮を三尺くらいに巻き、高さは一間以上のものを、町の家々の門で燃やし、その中を諸士が馬に乗って駆け通る行事であったと。これはルミナリアスとは少し違い、馬を火に馴れさせる習練としての行事であったそうな。何故に樺の皮なのかは理由がわからぬが、当時「樺火の火は火事と為らず」と伝えられていたよう。また盆の行事でもあった為「魂祭の手向けの火」とも云われたようだ。ただしあくまで馬で駆けたのは武士がいた時代までで、明治以降は普通の送り火だけの盆行事であったよう。盛岡の南部藩でも行った事からも、遠野でも行われていたようだ。ただし遠野では樺の皮ではなく、松や楢などの薪を積んで火を点け、その間をやはり馬で駆ける「盆乗り」と呼ばれるものが行われていたらしい。

ところで何故に樺の皮であったのかは、わからないようだ。ただ伊能嘉矩は「古事記」において天岩戸から天照大神を出す算段で、鹿の骨を天波波迦(樺)で焼いた事から、樺による火は神事の火であるから神聖なものとして考えている。しかしそれでは、樺の皮を燃やしても火事にならないという根拠にはならないのではないか。恐らく、木花咲耶姫の火中出産に関わるのではなかろうか。昨夜は桜の女神とも云われる。その木花咲耶姫は瓊々杵尊と結ばれるのだが、一夜で身籠った為、瓊々杵尊から疑いをかけられる。そこで疑いを晴らす為、産室に火を放ち、火にも燃えず無事に3人の子を出産した事から、その「火中出産」に、南部藩の樺火行事は関係するのではなかろうか。しかし、もしもこの行事が復活するなら、見てみたいものである。

# by dostoev | 2018-01-26 20:19 | 民俗学雑記 | Comments(0)

真冬の野良猫

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朝、裏口に出ると、一匹の野良猫が日向ぼっこをしていた。昨日から真冬日が続くようになった遠野は、かなり寒い。その寒さは、野良猫にも影響を及ぼしているようだ。以前は、旧北京亭跡地に野良猫などが居つくようになっていたのだが、遠野市役所の新庁舎建設で、その一画の建物が全て解体されてからが、野良猫たちの苦難の日が始まったのだろう。侵入出来る建物が無くなれば、野良猫たちはどこで寒さをを過ごすのか。少し前まで見えていた野良猫が見えなくなったのも、恐らく遠野の冬を越せなくなり、死んだものと思われる。しかしそれでも、新たな野良猫は出て来るもので、今朝見た野良猫も、今まで見た事が無かった野良猫だった。とにかく、寒さを凌げる場所を探して、家裏に辿り着いたのだろう。確かに外ではあるが、屋根がある為に雪の影響は少ない。風除けになる場所もある。近付いても、警戒はしつつも、その場所から立ち退きたくない様に見えた。そこで、家の猫があまり食べないキャットフードを与えてみると、むしゃぶりつくように食べ始めた。ここまで食べてくれると、見ている方も気持ち良いものだ。
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実はこの前、家の猫がそそうをしてしまった布団がある。廃棄処分の予定だったので、この家裏に置いていた。もしも中に入って暖を取るならばと、要らないダンボールに、やはり廃棄処分用の布切れを沢山入れて置き、その上から廃棄処分用の布団を被せて置いてみた。少し間を置いて見に行くと、廃棄処分用猫用布団で、ぐっすり寝ていた。
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近付いて見ると、軽く薄目を開けてこちらを見たが、逃げる様子は無い。危害を加える人間では無いと認知したのだろう。近所にも、今は誰も住まなくなった家がある。誰かから、その家に野良猫が入り込んでいるようだと聞いた。そういう家が希少になれば、そこに野良猫が集中するのだろう。そこで力関係が出来上がれば、その人の住まなくなった廃屋にも居られなくなる猫も出て来るのだろうか。この猫も、そういう一匹なのかもしれない。とにかく無事に冬を過ごせれば、また別の安住の場所を見つける事が出来るかもしれない。
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# by dostoev | 2018-01-25 12:01 | 民宿御伽屋情報 | Comments(0)

夜、氷の洞窟へ行ってきた

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夜になってから、毎冬恒例の氷の洞窟へと行って見た。里は雪が降っていなかったが、山の方に行くと、雪が降って来たし、風も強い。
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取り敢えず、観音窟を見てみると、ある程度の氷柱は出来ていた。ピークはまだまだ先だろう。
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氷筍の大きさはそうでもなかったが、例年より数が増えている気がした。
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しかし氷筍とはよく言ったものだ。確かに地面からニョキニョキ生えている、筍ように見える。
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全体的に乾燥しているが、こうして濡れた部分だけが氷になっている。
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帰り道、荒神様へ寄ってみた。取り敢えず、撮影してみたが、車のウィンカーのライトが反映して赤っぽくみえる。
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仕方ないので、人気も交通量も殆ど無いので、ウィンカーを消して撮影。月が、落ちる寸前だった。

# by dostoev | 2018-01-24 05:31 | 遠野体験記 | Comments(0)