遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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遠野の女殿様、清心尼公の漫画「かたづの!」

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原作中島京子、作画里中満智子による、遠野の女殿様であった清心尼公を主人公とした漫画が出版された。歴史ファンタジーと紹介されているように、河童や大蛇などが登場し、ファンタジー色は濃い。尚、作中に登場する南部氏に伝わる片角様は日本鹿の角であったとされるが、ここではカモシカの角として登場。その角のモチーフは、善明寺の「真似牛の角」を採用し、表現している。全体的には、女の生き様を中心に描いているように思え、清心尼公に関する全てのエピードが紹介されているわけでも無い事から、歴史的視点の描写を期待している人にとっては肩透かしか。それでも、こうして遠野に関係する人物が、小説化され漫画化されている事を嬉しく思う。
by dostoev | 2019-03-28 17:03 | 遠野情報(雑記帳)

早瀬川と白幡神社(其の八 結 其の二)「白幡神社は南部氏の呪術」

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前回、白幡神社は早池峯を意識して建立されたのではないか?と書いたが、もっと根源的な思索に足りていなかったと感じた。そもそも早瀬川という川名は、どうして付けられたのか。その川のイメージと、やはり源流の沓掛窟に祀られた観音をもう少し意識しなければならなかった。

画像は、砥森滝と呼ばれた川。この急流が滝に見て取れた為に砥森滝と名付けられたとされているが、そもそも滝の概念とはどういうものか。滝は瀑とも呼ばれるが、正確には瀑布という布がヒラヒラとひらめく状態を意味していた。しかし滝の本来の意味は"滾る"からきている。これは水が荒ぶり激しく流れる様が、滝として認識されていた。その激しい水しぶきが白く見え、それがいつしか白い布のひらめく様に見えた事から瀑布とされた。そういう意味で、白幡はまさしく滝の意でもあった。その滝の概念から"早瀬"もまた滝の意を持っていた。ただいつしか、高所から落下するものだけが、滝として広まったようである。
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以前にも書いたが、上郷町の日出神社と沓掛観音窟は連動する関係であるようだ。一説には、坂上田村麻呂伝説が入り込み、また一説には閉伊氏が関連しているとされるが、どちらも歴史上は有り得ないものと思う。ただ上郷町の日出神社には坂上田村麻呂伝説の他に、源義経伝説が付随している。義経が現地妻との間に生まれた日出姫を祀ったというものである。遠野に伝わる源義経伝説には、上郷町に辿り着いた伝承がある為、更にその奥、釜石へと抜ける仙人峠の手前にある日出神社に源義経伝説があるのには違和感がない。ただし源義経北方伝説は史実とはかけ離れるのは、坂上田村麻呂が遠野に来たというものと同列となる。それでは、誰が沓掛観音窟に十一面観音を祀ったのかとなれば、唯一可能性が考えられるのは、安倍一族ではなかろうか。ある記事にも書いたが、日出神社の側にはトンノミ(鳥海)と呼ばれる霊池があり、その背後には安倍一族の館であったとされる鳥海館跡がある事からも、安倍一族の息吹を感じる。そして閉伊氏の伝説が沓掛観音窟に伝わるが、この閉伊氏そのものが実は安倍氏であった…正確には安倍宗任の血筋であろうという可能性。これに関しては、まだ完結していない記事「閉伊氏の正体」の続に書こうと思っている。
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ともかく「早瀬」が滝の意であり、「白幡」もまた滝の意であった事を踏まえれば、それは滝神への信仰から来ているのだろう。考えてみれば、早池峯に祀られる瀬織津比咩もまた滝神であり、それは宗像大神と重なると云われる。その宗像大神は宗像三女神とされ、その三女神のうちの二柱の女神は「たぎり」「たぎつ」という、どちらも滝の概念を有する女神となっている。また宗像大社の祭に"みあれ祭"というものがあるが、船に乗って白幡をひらめかせる祭の形態は、まさに瀑布を意識させるもの。つまり宗像大社の祭もまた、滝神に対する祭であろうか。

滝の概念である"滾る"はまた別の意があり、激しい感情・闘志が沸き上がる意味を有する。これはつまり、武に通じるものでもある。宗像三女神が、十拳剣から誕生した滾る女神という意味は、武神としての意味合いがあるのだろう。早池峯の瀬織津比咩は、天照大神荒魂ともされるが、これは武神としての意味合いを兼ねている。事実、養老年間に岩手の室根山に運ばれて来たのは、荒ぶる蝦夷を平定する為、当時の最強の神としてであった。
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ところで、日出神社、及びに沓掛観音窟に関しては安倍氏の息吹を感じるが、白幡神社を建立したのは南部氏ではなかろうか。日出神社には、中居明神とよばれる遥拝所らしき場所がある。そこに伝わる伝説は、下記の通りとなる。
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遠野南部の殿様が、日出神社の参拝へと行く途中中居という処まで来た。ここには綺麗な清水がこんこんと湧き、傍らには台石があり駕籠をを休める場所があり、家来と共に休息していると、一人の女が現れて曰く。

「私は日出明神ですが、殿様が御出でになるというので、お迎えに参りました。」

「然らば真の験を見せよ。」


と、殿様が言うと傍らの泉が忽ち大沼に変じて、沼の中から忽然と大蛇が現れて「真の明神のお迎え。」と答えたといい、以来この地に日出明神を勧請して中居明神と呼んだという。

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上記の伝説は、南部氏が日出神社に祀られる蛇神を支配したものと考えて良いだろう。現在の日出神社には、蛇神らしき面影は感じないが、これが沓掛観音窟と繋がるのであれば、その日出神社の根源神とは早瀬川の蛇神であるという事になる。滝が武神と繋がるのであれば、沓掛観音窟を源流として流れる早瀬川は、現在の遠野の町を囲む形になる。
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以前紹介した、遠野の町が造られる前の早瀬川の流れは、最終的に猿ヶ石川と合流して、城が築かれた鍋倉山を囲む、自然の荒ぶる流れの堀となる。猿ヶ石川は早池峯を源流とし、そして早瀬川もまた早池峯の滾る滝の女神を祀るのであれば、それは武に通じる城下町となる。16世紀後半に、図の様に二又に分かれていた早瀬川の稲荷下側の川を塞き止め乾燥させてから、現在の遠野の城下町が造られた。時代を考えても、敵の襲撃を意識しての町作りであったろう。そして、先に書き記したように、滝には武に通じるものがあり、その滝神である早池峯の女神は、天照大神荒魂でもあった。その天照大神荒魂を歴史上で操った人物とは、神功皇后となる。その神功皇后を祀っているのが、遠野の白幡神社であった。先にも紹介したように南部氏の故郷でもある八戸に於ける白幡とは、天照大神荒魂である瀬織津比咩であった。その荒魂を操った神功皇后を白幡神社に祀る事により、武による防御を極めようとしたのが南部氏であったのだと思う。つまり、早瀬川沿いに建立された白幡神社とは、遠野城下を護る為の南部氏の呪術であったのだと考える。


by dostoev | 2019-03-15 22:14 | 早瀬川と白幡神社

三女神伝説再考(其の三)「織姫の娘」

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坂上田村麻呂、東夷征伐の時、奥州の国津神の後胤なる玉山立烏帽子姫という者あり。田村麻呂は東奥を守護せり後、立烏帽子姫と夫婦になりて、一男一女を産めり。其の名を「田村義道」「松林姫」と言へり。其の後「松林姫」は三女を産む。「お石」「お六」「お初」と言った。三人は各所にありしが牛や鳥に乗りて集まりし所を附馬牛という附き馬牛にて、到着の儀なり。天長年間、「お石」は我が守護神として崇敬せし速佐須良姫の御霊代を奉じて石上山に登り、「お六」は、守護神の速秋津姫の御霊代を奉じて六角牛山に登り、「お初」は瀬織津姫の御霊代を奉じて早池峰へと登った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この三女神伝説は、遠野市の綾織に伝わるもので坂上田村麻呂と立烏帽子姫が登場する。坂上田村麻呂は鎌倉時代の歴史書「吾妻鏡」にも登場する事から、蝦夷平定には無くてはならない人物であったのは今でも広く認識されている。さて立烏帽子姫だが、「鈴鹿の草紙」「田村の草紙」「田村三代記」の謡曲・浄瑠璃などにも登場し、坂上田村麻呂の"正義"と共に、その妻となった存在として蝦夷国である東北に語り継がれて来た。これらは完全な創作物ではなく、古くから伝承されたものをベースに話が創られたものと思う。その坂上田村麻呂は、北方鎮護の毘沙門天の化身とも伝えられる。そして、その毘沙門天の妻として吉祥天が宗教界では認知されている。

室町時代から江戸時代にかけて成立したとされる「毘沙門の本地」は、天の川を中心とした星巡りの話となっているが、登場する男と女の最後は、毘沙門天と吉祥天となる話となっている。この星々を巡る旅の話の背景には、恐らく天台宗などの密教系が絡んでいるのは間違いないだろう。当然、蝦夷平定を成した坂上田村麻呂が毘沙門天の化身と呼ばれたのもまた"北方鎮護の毘沙門天"と重ねられた為であろう。そして立烏帽子姫は鈴鹿御前でもあるのだが、その鈴鹿御前は京都の祇園祭に瀬織津比咩として登場している。その鈴鹿御前であり立烏帽子姫は「田村の草紙」によれば、その正体は琵琶湖に浮かぶ竹生島の弁才天であるとしている。弁財天と吉祥天は、しばしば混同して伝えられ、ある意味同神でもある。蓮華の花と縁深いのは吉祥天であるのだが、その吉祥天とも重ねられる瀬織津比咩は、坂上田村麻呂同様、蝦夷平定の為に来た神でもあった。よって毘沙門天の化身である坂上田村麻呂が、瀬織津比咩の化身である鈴鹿御前や立烏帽子姫と結び付くのは当然の帰結であった。
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そして遠野三山の一つである石上神社には、早池峯の瀬織津比咩が七夕の織女と結び付く伝承が伝わる。画像は、石上山上空の天の川。その天の川の織女だが、古代中国では織女三星と呼ばれている。三星といっても夏の大三角形(ベガ・アルタイル・デネブ・)の三星ではなく、織女星の下に正三角形を成す小さい星を合せたものを織女三星と呼ぶ。これは「大星を母后となし、二小星を女子となす。」と伝わる。
f0075075_17433311.jpg
岩手県には、いくつもの三女神伝説が伝わる。ただし、その頂点となる山は早池峯で変わらない。そう、早池峯を中心に三女神伝説が創られたと言っても良いだろう。そして特筆すべきは、その三女神伝説を伝えたのは全て菊池氏によるものであると。三女神としての古くは、やはり宗像三女神であろう。天安河原で、素戔男尊と対峙した天照大神の間に誕生したのが、宗像三女神。これは天の川での、彦星と織姫に相当する話として認識されている。つまり天安河原が天の川であるのなら、宗像三女神は織女三星に相当するか。

三女神伝説を読んでいると、常に母が居て三人の娘を産んでいる。その三人の娘が各々三山に飛んで行くのだが、どうも不自然である。何故なら、常に早池峯を手にする娘が一人いて、その他二人が他の山に納まっている。これはつまり、早池峯ありきの伝説である事が理解できる。それ以外は、付け足しの山の様に思えるのだ。ここでもう一度、岩手県の神社庁に伝わる「早池峯神社略縁起」を読んでみよう。

そもそも新山大権現之本地を尋ね奉るに、人王五十代桓武天皇延暦十四年乙亥三月十七日當山江、三柱姫神達、天降満します也。新山と申すは古起松杉苔むし老いた流枝に蔦蔓生え登り、山葉に曳月はかすかに見ゆ木魂ひびき鳥の聲あたかも、深山幽谷の如し。南に北上川底清く、水音高く御手洗也。雲井に栄え登る月影浪に光を浮かしめ、北は千尋に余る、廣野と萩薄生え繁。是を名付けて、新山野と申す也。

四方青垣山にして宝殿棟高く、御床津比の動き鳴る事なく豊明に明るい座満たして宣祢禰宜の振鈴、いや高く響、茂あらたなり今茂かわらぬ。三つの石あり、三柱姫神鎮座満します。故是を影向三神石と申す也。

然に氏御神天降給故を尋ね奉るに、東国魔生変化の鬼神充満し、多くの人民をなやまし、国土を魔界に成さんとせしを、天帝聞し召せ給、田村大明神を天降し、悪魔化道退散なさしめ、国土を治め給いしとかや、弘仁二年巌鷲山田村大権現と顕れ給い妃神を王東山大権現と顕し給いしとかや、其の御子三柱の姫神當山鎮座満しまし給、姫神達折々四方を御詠有りし遥か東方に雲を貫く高山あり。旭の光々たり、月の満々たるも、峰の高きを貴み給いて曰く我等山川の清を求め峯の高きに登り末を守らん。爰に我等の三躰を残し置くと宣いて、東方へ行幸ありしとなん。

人民肝留以催し、跡伏し拝み、悉く信心す時に姫神達東山に登給いれるに、童子一人顕れ、かれに山々を問わしめ給へば、童子指さし向に見ゆるは、於呂古志山、何方は大石神山此方は早池峯山と申す三つの山也。中にも峯高く絶頂盤石四方巌々として空にそびい鳥類翼を休めがたし。閼伽井より冷泉湧き出る是を名付けて早池峯と申す也。常に紫雲靄起こし、音楽の音止まず。折々天人舞い下り、不測之霊山也と言うを終わらず、虚空に上り雲中に声有。我は、是一の路権現なりと失せ給ふ御跡拝み伏す。

天に向かい此の三つ山、授け霊験を下し給いと祈り給へば、不測屋奈末の妹神の御胸に八葉の蓮華光曜として、天降蓮華の?に舞光を放ちて飛び、早池峯山大権現と顕れ給い、姉神は大石神山大権現と顕れ、第二姫神於呂古志山大権現と顕れ、国土を守り給いとかや況や御神徳著しき事、當社に先魂坐す故當社を早池峯新山大権現と齋奉流也。又神道には、瀬織津姫也大権現と書て大権現と讀み奉る也。古今の霊場にて弥陀薬師観音の三像相殿に敬い奉る事、其の徳社に満りと云々。

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この「早池峯神社略縁起」で不自然なのは、最終的に遠野三山の縁起書となっている事だ。これは、大迫の早池峯縁起に似通っているのがわかる。大迫の早池峯縁起は、田中某が早池峯へ登った時、遠野側からも始閣藤蔵が登って来て、同じ霊験に遭遇したとする。遠野側の早池峯縁起には、始閣藤蔵だけの話となっているのにだ。これはつまり、遠野側の縁起に気を使ってのものと思わざる負えない。そして「早池峯神社略縁起」もまた、三人の女神が遠野三山を選んだという事になっているが、その前に三女神が影向したのは盛岡側の三石になっているのだという、僅かながらの起源主張となっている可愛らしさである。これらから、「早池峯神社略縁起」も、大迫の早池峯神社縁起もまた、先にあった遠野早池峯縁起を意識しつつ創られた縁起書であると思われる。遠野側の縁起書は、あくまで早池峯の神に対する祈願であり、そこには三女神伝説は生じていない。恐らく星の宗教と呼ばれる天台宗と、その後の真言宗の教義の元に創られたのが三女神伝説であると思うのだ。

岩手山は、坂上田村麻呂を主体とし毘沙門天を重ね合せて祀っている。それと対になる坂上田村麻呂の妻となった、立烏帽子姫が姫神山へと祀られた。この二柱からの娘が三女神となる、もしくは間に別の父神と母神を置いて三娘を誕生させている。これは「早池峯神社略縁起」と遠野の伊豆神社に伝わる伝説が、その地域性を帯びた為だと思われる。

岩手三山伝説が、本妻と妾が姫神山と早池峯で混同されるのは、姫神山と早池峯が、どちらも同じ女神であるからだ。岩手山は、毘沙門天であり坂上田村麻呂でもある男神の山となる。その対と為る姫神山には立烏帽子姫であるが、これは先に記したように早池峯の女神でもある瀬織津比咩である。ここで思い出すのは「早池峯山妙泉寺文書」での「延長年中、本宮后宮修理、並びに新山宮を修復す。」である。当初「后」とは妃の事であるから女神の事であろう。つまりそれは現在、早池峯神社に祀られる女神である瀬織津比咩の事を言うのであろうが、それではその女神に相対する男神とはいったい?と疑問に思っていた。早池峯の祭祀の歴史には女神の姿しか感じられず、男神の所在がまったくわからなかったのだが、早池峯の女神を三女神の母后とすれば、全てが成り立つ。つまり三女神伝説、もしくは三山伝説の三角形の頂点に立つのは全て早池峯であると考えれば、すんなりと理解できる。恐らく三女神伝説の背景は、天台宗などの密教系による星の伝承を重ねて創られたものだと思えるのだ。次はその辺のところを詳しく書こうと思う。

by dostoev | 2019-03-07 20:40 | 三女神伝説考

三女神伝説再考(其の二)「霊魂の道、そして織物の道」

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伊豆神社がもし太白信仰から建立されたものだとしても、北に聳える早池峯の方角は、金星の見える方角とは違う。ただ伊豆神社には養蚕をもたらした拓殖夫人の信仰も重なっているのを踏まえれば、菊池展明「エミシの国の女神」から金星である太白神が、三河の地で早池峯の女神と結び付いている事から、あくまで早池峯の女神の方角を重視したのが伊豆神社なのかもしれない。ある説で、伊豆神社から早池峯神社・早池峯山は一直線になっているという。これは最近図面上から発見されたものだが、伊豆神社から見えない早池峯を結ぶ線は、北という方角を重視した事から、北に聳える早池峯山へ向けて建立されたのが伊豆神社だと思っていた。
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ところで遠野には昔から、「遠野の民が死んだら魂は早池峯へと昇って行く。」と伝えられている。これは、山岳信仰によるものであるのは理解していたつもりだった。山の山頂は天であると考えられ、魂はより高いところへと昇って行くと信じられていた事から、遠野で一番高い山である早池峯に魂が集まるのは必然であった。ところで早池峯山頂から見ると、天の川は南方から立ち昇り、北方の早池峯へと向っているのが理解できる。古代中国では、この天の川を「霊魂の集まり帰るところ。」「霊魂昇天の道」とされ、それは日本にも伝わっている。これは「万葉集(巻三 四二〇番歌)」においても、天の川は死者があの世へ行く為の道であり、そして川であり、禊する場所と信じられていたようだ。そう、遠野の南方に位置する伊豆神社から、見えない北方に鎮座する早池峯へ、一筋の道があった。それが、天の川であると思う。考えてみれば、古代において方角を確認する方法とは、星見であった。伊豆神社の地から、見えない早池峯の方角を昼間に模索するよりも、夜になって星の方向を確認するのが、その当時は正しいやり方であった筈だ。その夜に、早池峯の方向を確認する為に夜空を見たであろう人々は、北に聳える早池峯へ向う天の川の流れも、また見た事であろう。
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勝俣隆「星座で読み解く日本神話」を読むと、伊弉諾が黄泉国から帰還して誕生した神々を星と照らし合わせて解説している。その誕生した神々の中で、伊弉諾の御帯から成った「道之長乳歯神」に注目したい。勝俣氏は、この道之長乳歯神を天の川と考えている。琉球王国で1531年~1623年にかけて編纂された歌謡集「おもろそうし」には、星々を歌う流れに、次の歌に着目していた。「上がる貫ち雲は、神が愛きゝ帯」この"貫ち雲"を天の川と考えたようだ。星が輝く夜空に登場する雲とは、普通に考えれば、その星々を隠す存在となる。「貫ち雲」の「貫ち(ぬち)」とは横糸を意味し、横糸の様に美しくたなびく雲が"貫ち雲"と信じられていた様だが、天の川そのものには雲の意があった。古代中国で天の川の別名が「雲漢」であり、銀河の英語名が「ネビュラ(星雲)」であるのは、ギリシア語の「雲」に由来しているという。シルクロードによって地中海世界の文化が古代中国に流れていた事からも、天の川が雲の意を含んでいるのは伝わっていたのだろう。また別に、もしもこの道之長乳歯神が天の川を意味するのであるのなら、「ギリシア神話」でゼウスの妻であるヘラの乳が流れ出したものが天の川になった事からミルキーウェイと呼ばれるようになった事が伝わっての漢字表記なのか?とも思ってしまう。その道之長乳歯神を学者は、「黄泉国から現つ国への脱出の道程の長さを暗示するもの。」と解釈しているようだ。黄泉国の穢れを祓う為、解いた長い帯が天の川という考えは、先に紹介した「おもろさうし」での「上がる貫ち雲は、神が愛きゝ帯」に掛かって来る。早池峯の女神が穢祓の女神である事を思えば、黄泉国という死者の集まる地と現世との境界に立ち、天の川という道を歩いてくる死者の穢れを祓うという観念に合致する。天の川を"光の帯"とも表現するのは、まさに"織姫の坐す天の川"ではなかろうか。次は、何故に三人娘なのかを書く事としよう。

by dostoev | 2019-03-03 21:57 | 三女神伝説考