遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
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「遠野物語51(オット鳥)」

f0075075_19405796.jpg
山には様々の鳥住めど、最も寂しき声の鳥はオット鳥なり。夏の夜中に啼く。浜の大槌より駄賃附の者など峠を越え来れば、遥に谷底にて其声を聞くと云へり。昔ある長者の娘あり。又ある長者の男の子と親しみ、山に行きて遊びしに、男見えずなりたり。夕暮になり夜になるまで探しあるきしが、之を見つくることを得ずして、終に此鳥になりたりと云ふ。オットーン、オットーンと云ふは夫のことなり。末の方かすれてあはれなる鳴声なり。

                          「遠野物語51」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
正直「遠野物語51」は、コノハズクの写真を撮影してからアップしようと思っていたが、何年かかっても撮影できずにいた。最近、もしかして生きているうちに撮影できないのでは?と思うようになり、今回ウィキペディアの画像を拝借して記事を書く事にする。

今の時代は便利なもので、こうしてYouTubeでアップされているコノハズクの鳴き声の動画を紹介する事が出来る。聞けばわかるように、これは「遠野物語拾遺118」と同じく、擬音や鳴き声をどう文章化するかの話になる。高橋喜平「遠野物語考(オット鳥考)」では恩徳の三浦氏にコノハズクの鳴声を確認するが、恩徳の三浦氏はコノハズクを飼っていた事があり、オット鳥の鳴き声に似ているとの証言を得ている。ただし明確に「オットー」と鳴いているというわけでないのは、動画からよく理解できる筈。あくまで「オットー」と鳴いている様に聞こえるか?と問われて、似ていると感じる人がいるというだけである。鳴き声は、聞く人によってそれを表音化、もしくは文字化した時に、各々の違いが出て来るもの。

ところで「注釈遠野物語」を読むと、やはりコノハズクの解説となっており、本編に対する解説が成されていない。長者の娘が、別の長者の息子に連れられて山に入って遊んだという内容だが、簡単に帰れないところをみると、奥山まで行ったのであろうか。その後に悲しさからか、オット鳥になってしまった話になっているが、ある意味"かどわかし"の話にも思える。かどわかしは誘拐であるのだが、昔話では何も誘拐するのは人間だけでは無かった。例えば、鷲や鷹に、赤ん坊がさらわれた話は広く伝わる。例えば「遠野物語拾遺138」も、鷲にさらわれた話である。また天狗が人を誘拐する話があるが、その天狗の正体は鳶であった。「今昔物語」にも空を飛ぶ天狗の正体は鳶であるとの話もある。鳥もまた、しばしばその姿のままだけでなく、人の姿に化けて悪さをする場合があるようだ。またこれは小説だが泉鏡花「高野聖」では、山に住む女を慕った男達が、全て動物に変ってしまった物語でもあった。それは女が山の魔性の者であったからなのだが、ここで気になるのは、長者の娘を山奥に連れて行った長者の男の子が果たして人間であったのか?という事。"男の子"と記してある事から、取り敢えず長者の息子であるのだろう。昔は女人禁制の山も多く、また山とは何が棲んでいるかわからぬ恐怖があった。それでも山奥に行くものは、行者かマタギや杣人か、はたまた山菜・キノコを求める者達くらいであったろう。長者の子供が、そういう危険を冒してまで山奥に行くとは考え辛い。これは長者の男の子の正体が、人間では無かったのではないかとも思える話である。

「今昔物語」で、厠に入った女性が化物になって出てきた話がある。また別に、金剛山で修行を積んでいた聖者が、ふとした縁で、ある夫人を自分のモノにしたいと思い、山で命を絶ち鬼となって再び夫人の前に現れる話がある。ここで共通するのは、厠も山も異界の入り口であるという事。厠が今では化粧室ともされるのは、この「今昔物語」の話が大きい。化けるという事は、異界の力を借りると云う事。人に化けている妖魔の正体を見破る方法に「狐の窓」というものがあるが、その呪文に「けしやうのものか、ましやうのものか正体をあらわせ」というものがあるが、「けしやうのもの」とは「化粧をしている者」の事で、正体を隠している者を意味している。

悲しみに暮れ、泣き疲れ果ててオット鳥になった娘であったが、オット鳥になった要因は、山の気を浴びたという事もあったのかと思える。そしてこの話は、先に紹介した泉鏡花「高野聖」での、人間の思いが様々な獣に変化させたものに近いと思われる。「高野聖」で女にやましい考えを持った男は、畜生に変わり果てた。悲しみに全てを包まれた娘は、オット鳥に変った。全ては、山での出来事である。

by dostoev | 2018-02-18 21:29 | 「遠野物語考」50話~

陰影

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ごろごろしていた猫を撮影したら、陰影がくっきりしていた。ましてや家の猫も、白と黒なので、かなり印象的な画像になったと感じた。このコントラストは、あくまでも白、もしくは光を際立たせるもの。
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以前、旧仙人峠の砂防ダム湖へ撮影しに行った時、スローシャッターの撮影中に、たまたま通りかかった車のライトが写り込んだ。その光は、暗闇の砂防ダムを印象的に浮き上がらせてくれた。これもまた、陰影の美しさかとも思う。
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また日陰になっていたところに、雲の切れ目から細い太陽光が滝をスポットライトの様に照らし時、その滝は虹を伴い浮き上がって輝いたのを見、美しいと思った。とにかく極端な陰影、コントラストは、目を通して印象的に脳裏に刻まれてしまう。ただこういうのを含めて、あらゆる偶然が重なったものが目の前に現れてくれるのは、やはり縁かなぁと思っている。あとはただ、カメラのシャッターを切るだけ。
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そして神仏像も光による陰影で、その迫力が増すのを感じる。とにかく突発的な光によって作り出された陰影は面白い。今年は、どういう縁があるのだろうか。

by dostoev | 2018-02-16 18:55 | よもつ文

「現代遠野物語」 第百十五話(穴熊婆)

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某さんはある日、近所を散歩していたという。歩いて行くと、今はもう誰も住んでない空き家に差し掛かったそうな。低い垣根がある家で、通り過ぎる時にチラッと庭先に目を向けたという。そこには古びた家の縁側に、座り込むお婆さんの姿があったという。近所では、見た事の無いお婆さんであったと。そのお婆さんの近くでは、二匹の犬らしきが遊んでいたそうな。だが某さんが、それをよくよく見てみると、それは犬では無く穴熊であったそうな。その時、縁側に座っていたお婆さんが、怖い形相で某さんの方を睨んだので「すみませんでした!」と、慌てて逃げたそうである。しかし、後から考えてみても、とても奇妙であったと云う。まず、そのお婆さんが何者かわからない。また、穴熊を飼っていた?という事も理解できない。そして何よりも、あの睨んだ時の恐ろしい顔が、今でも忘れられないと云う。
by dostoev | 2018-02-15 20:25 | 「現代遠野物語」110話~

バレンタインの夜

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ふと外を見たら、駅前の河童池の辺りが彩光されていた。昨日は無かったと思ったが、もしかしてバレンタインの夜なので光りで彩ったのだろうか?
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by dostoev | 2018-02-14 18:45 | 遠野情報(雑記帳)

野良猫、その後…。

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1月の厳寒時に、家の裏に迷い込んできた野良猫。段ボール箱を与え、餌も与えたら、未だに居ついている。
今朝も居るのを確認して、餌を与えてみた。その時に、カメラで撮影してみた。カメラを近付けると「フーッ!」と威嚇するが、それでも近付いてきて、餌を食べ始める野良猫。逃げないという事は、慣れてきたのだなぁと思う。餌を食べている最中に、頭を指でチョンと突っついて見たが、気にする様子は無かった。まだまだ寒い遠野、春が来るまで野良猫は、ここに居るのだろうと思う。
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ところで、家の猫も気になる様で、一日に何度か、この野良猫の様子を見に行っているよう。ただ野良猫は。家の猫を相手にする気も無いようだ。
しかしこうして見ると、家猫と野良猫の環境の違いは歴然としている…。

by dostoev | 2018-02-10 10:59 | 民宿御伽屋情報

南部鶏舞トイウモノ

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早池峯神社の夜神楽に、鶏舞がある。この鶏舞は、南部神楽の演目のようである。それ故に、画像でわかるように早池峯神社の幕には、南部の家紋が描かれている。この鶏舞は、「古事記」においては天岩戸に籠った天照大神を出そうと、常世の長鳴鳥を集め、互いに長鳴きさせた事を再現したものだとされている。長鳴鳥は、鳴声が暁を告げ、闇の邪気を祓う太陽の神使とされている。伊勢神宮の神使が鶏になっているのは、この「古事記」の記述によるものである。
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ところが鶏舞は、雌雄の鶏が踊るものとなっている。東北において雌雄の鶏で、何を思い出すだろうか。それは恐らく、奥州藤原氏が金鶏山に黄金の雌雄の鶏を埋めた伝説ではなかろうか。更に気になるのは、鶏冠の兜のデザインである。恐らく南部時代から続くデザインと思われるが、そこに鶴があしらっているのは南部氏の家紋である向鶴を意図してのものだろう。ただ、鶴は鉱山用語で「鉱脈」を意味している。そして、兜の左右に赤い玉と、白い玉が描かれている。それは日月を意味しているもので、かなり興味を引く。何故なら天台宗、及び真言宗での日月とは、明けの明星である金星を意味するからだ。鎌倉時代の「梵天火羅図」には金星とは形如女人。頭戴酉冠。白練衣弾弦」と記されているが、様は女神であり、琵琶を弾く事から弁才天や吉祥天に習合しているようである。平泉は、天台宗や真言宗の影響を受けていた。その台密・東密において、金星とは、下記の様に記されている。

「中尊志神伝。人魂魄也。但頂鶏戴事。僧正本命曜之金曜也。」

中尊が人の魂魄であり、中尊の頭部の鶏冠は僧正の本命曜が金曜星であるとしている。奥州藤原氏の築いた中尊寺の名は、ここからきているのだろう。金鶏山に黄金の雌雄の鶏を埋めたという伝説は、金星に対する信仰に基づくようだ。ただし、あくまでも九曜の中の金星である事から、南部氏の家紋に刻まれている九曜紋の信仰が根底にあるだろう。
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さて一歩引いて、鳥舞が天照大神を天岩戸から出す為の手段であるとしよう。早池峯神楽でも、天岩戸舞はある。この舞で現れ出でた天照大神は、黄金の面を付けている。太陽を色で表す場合、赤色、もしくは白色と、月と重なるときがままある。それが黄金色であっても、違和感は無いだろう。ただ、黄金色の大抵は、仏像で使用される場合が多い。以前書いた記事に、「遠野物語拾遺126(三面大黒 続編)」がある。その記事に書いた様に、黄金色の仏像などは、そのまま黄金を意味していた。早池峯神社には、三面大黒の体内仏に黄金の十一面観音像があったと記している。これは山に内包物である金鉱脈を意味するもので、それを手にする為に始閣藤蔵などが、早池峯山に祈願している。早池峯神社の前夜祭で繰り広げられる夜神楽には、南部氏の意識が含まれていたものと思われる。恐らく、鶏舞は天岩戸から黄金の天照大神を出す為の前座の舞であろうが、その背景には金星信仰と九曜信仰があり、それは南部氏が元々採掘・冶金の氏族であった事を意味するのだろう。

by dostoev | 2018-02-09 18:07 | 「トイウモノ」考

今年は、やはり寒いのだろう。

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毎年見に行く、旧仙人峠手前の砂防ダム湖は風が強い為に、日中に溶けた雪などが風にあおられて、変った形に凍ってしまう。それが今年は、殆ど無い。
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何と言うか、ダム湖というより、乾燥している砂漠地帯を見ているかのように感じた。
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中央には、僅かに水の流れがあるが、それ以外は凍土だけのダム湖となっている。
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冬が進むにつれ、ダム湖の水量が減って行くのだが、画像の様に見た目で、どれだけの水量が減ったかわかる。
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しかし今年は、初めから水量が無かったのだろうか?いや、去年は例年より雨の多い年だったと記憶している。同じ時期で、何故にこれほどの違いが出て来るのだろうか。水量と風と、寒暖の差で氷の芸術は出来ている。その寒暖の差が殆ど無かったのが今回の冬だったのか。
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例年だと、面白くも綺麗な氷の造形を見る事が出来るのに残念だ。
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by dostoev | 2018-02-08 17:29 | 遠野情報(雑記帳)

冬の遠野駅前河童

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「ああ、また雪が降ってきやがった…。」という声が聞こえそうな、遠野駅前の河童像。相変わらず寒い遠野であるけれど、2月10日の予想最高気温が7度で、予想最低気温が0度という遠野。この時期で、この気温であるなら、冬のピークは過ぎた様な気もする。
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ともかく、衣服をまとっていない遠野駅前の河童像だけれども、見ていても寒そうに見えない。まるで雪をオーラにしてまとっているかのよう。
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体は華奢な痩せ河童ではあるけれど、寒さに震えている様に見えないのは、さすがに遠野に棲みつく河童。
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雪の中でも、不敵な笑みを浮かべている様に見える。もしかして、春が近い事を知っているのだろうか?
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by dostoev | 2018-02-07 17:43 | 遠野情報(雑記帳)

皆既月蝕の迷信

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残念ながら1月31日は、仕事の都合上皆既月食を見る事が出来なかった。ところで皆既月蝕だが、古い迷信にこういうものがあった。

「月蝕は、人の病気を引き受けてくれる。」

恐らく体の健康な状態は、満ち足りた月の様だと。それが欠ければ、病気になったりすると考えられたのだろうか。ところが天空にひととき、満ち足りた状態から短時間で月が欠け、再び満ちたりた状態に戻る月蝕に、人々は神秘を見たのかもしれない。天空に神秘の輝きを放つ月に神仏を重ね、願いをかける昔の人々がいたのだろう。だからいつしか、こういう迷信が誕生したのだろうと思う。例えば、子供が生まれれば、庭先に桜の木を植えた。桜の樹齢は、人間の寿命に近いので、人間の依代とも考えられた。また桜は霊界と繋がっているとも信じられた為、いろいろなものを吸い取ってくれる。つまり我が子の病気さえも吸い取ってくれるだろうという親の願いが、庭先に桜を植える事になっていたようだ。これと似たような迷信であり考えが、天空の月に移ったのだろう。現代医療を体験している自分達にとって、少しの病でも死に至る時代は、いろいろなものに命を託して生きて来た。その名残が、皆既月蝕への迷信でもあったようだ。

by dostoev | 2018-02-02 10:05 | 民俗学雑記