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  <title>不思議空間「遠野」　－「遠野物語」をｗｅｂせよ！－:遠野の義経&amp;弁慶伝説</title>
  <category scheme="http://dostoev.exblog.jp/i64/" term="遠野の義経&弁慶伝説" label="遠野の義経&弁慶伝説"></category>
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  <tabline>遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求</tabline>
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    <title>遠野不思議　第八百九十六話「遠野守大権現」</title>
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    <issued>2020-10-04T18:09:00+09:00</issued>
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    <author><name>dostoev</name></author>
    <dc:subject>遠野の義経&amp;弁慶伝説</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202010/04/75/f0075075_16225642.jpg" alt="_f0075075_16225642.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center>これは遠野ではなく、盛岡市の手代森に鎮座する神社である。遠野と名付けられている為に、ここで取り上げようと思う。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202010/04/75/f0075075_16230682.jpg" alt="_f0075075_16230682.jpg" class="IMAGE_MID" height="319" width="480" /></center>この「遠野守大権現」の由来は、平泉が源頼朝に攻め込まれ、源義経がその目を逃れるように、越後獅子姿となり手代森まで逃げ延びてきた。新山家では、源義経をかくまって、手厚くもてなした。源義経が新山家を去る時に、形見にと一幅の掛物と越後獅子の獅子頭を残して、北へと旅立った。鎧姿の源義経馬上図は、新山家の家宝として今に伝えられている。獅子頭は、荒神ゆえに土中深く埋められ、その上に大石を据えて、傍らに祠を建て、殿守(とのまもり)大権現と命名したが、源義経隠しの為に、遠野守大権現と扁額に書いたそうである。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202010/04/75/f0075075_16365810.jpg" alt="_f0075075_16365810.jpg" class="IMAGE_MID" height="319" width="480" /></center>大石の傍らに祠を建てたとあるが、その祠の傍らには、出羽三山の石碑と奇妙な形の石がある。この奇妙な形の石が、獅子頭を埋めた上に置かれた石だろうか?<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202010/04/75/f0075075_16231171.jpg" alt="_f0075075_16231171.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center>「殿を守る」で「殿守大権現」が、源義経を意図して怪しまれると考えられた為に「遠野守大権現」と変えたのは、余りにも唐突過ぎる気がする。この遠野守大権現を祀った新山家が、どういう家のなのかはわかっていない。ただ新山で思い出すのは、やはり源義経に所縁の深い奥州藤原氏である。藤原清衡は、新山寺を、奥羽六百ヶ所に祀らせたとあるが、全てはわかっていない。この手代森の地は、紫波郡の乙部村に属していたが、紫波郡紫波町にも新山寺があり、新山という名の山もある。新山寺の大抵は、新山権現から新山神社と、神社化しているのが殆どである。また同じ紫波郡の土橋には、早池峯神社があるが、元は新山神社であり、恐らくここも本来は新山寺ではなかったか。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202010/04/75/f0075075_16230682.jpg" alt="_f0075075_16230682.jpg" class="IMAGE_MID" height="319" width="480" /></center>この遠野守大権現の地も、鳥居が備えられ神社化しているのがわかる。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202010/04/75/f0075075_17494635.jpg" alt="_f0075075_17494635.jpg" class="IMAGE_MID" height="319" width="480" /></center>紫波郡の信仰祭祀を調べると、やはり出羽三山の信仰が根強いようだ。出羽三山を登拝する事を「最上参り」と称し、帰郷後は出羽三山の供養碑を建立し祭祀する習わしがあったようだ。この遠野守大権現の地の出羽三山の碑もまた、その例にならったものだろうか。ところで、奥州市の新山神社は、やはり奥州藤原氏の縁が深く、その新山神社に祀られている神は、羽黒大神であり、それは早池峯大神でもあった。奥州藤原氏は、羽黒へ多くの寄進をした事で有名だが、それは同じ岩手の地の早池峯大神と同じであったからだろう。中尊寺境内の白山神社は、早池峯へ向けて建てられたと伝えられ、出羽の羽黒と岩手の早池峯には深い繋がりがあった。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202010/04/75/f0075075_16232121.jpg" alt="_f0075075_16232121.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center>遠野との縁を探るため「紫波郡誌」を読んでみたが、せいぜい乙部村に隣接する佐比内村に、遠野との縁があったくらいか。<br />
<br />
<br />
この遠野守大権現を思うに、元々は新山寺であったこの地を管理する別当が、その後に新山氏を名乗ったものと思える。奥州藤原氏との縁の深さから、源義経伝説を取り込み、由緒にしたのだと思えるのだ。遠野という名称は恐らく、早池峯と遠野の関係、新山と遠野の関係を示しているのではないかと思える。大迫の早池峯神社が、遠野早池峯神社の遥拝所であった事実からも、新山=早池峯=遠野との意識があったのではないか?この図式が揺らぎ、早池峯信仰の乱れが広まったのは、盛岡南部が統治してたらだと思えるのだ。<br />
<br />
<br />
<br />
]]></content>
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    <title>遠野の義経＆弁慶伝説</title>
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    <issued>2018-01-15T11:41:00+09:00</issued>
    <modified>2022-06-13T11:12:22+09:00</modified>
    <created>2008-12-02T17:30:09+09:00</created>
    <author><name>dostoev</name></author>
    <dc:subject>遠野の義経&amp;弁慶伝説</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[義経＆弁慶伝説は広範囲に広がっており、遠野にも調べればかなりの数の義経＆弁慶伝承とその遺跡が多く点在する。全て確認してるわけではないが、まだまだ他にも伝承を発見できそうな気がする。この遺跡を探すだけで、かなり時間を浪費しそうだ。義経＆弁慶に興味ある方は、探してみると面白いかも。<br />
<br />
<br />
<br />
【遠野町】<br />
<br />
1.鍋倉山の弁慶足跡岩<br />
2.館林家の義経の書（掛け軸）<br />
3.白幡神社（源氏の白旗に因むが、義経が祀ったとされる。）<br />
<br />
【小友町】<br />
1.不動岩の上にある義経の下駄の跡<br />
2.黒内の伝承（九郎判官義経が家に入ったという伝承）<br />
3.小黒の墓（義経の愛馬を祀った地）<br />
4.続がり岩（弁慶が載せたという大岩）<br />
5.義経の愛馬小黒の鞍を掛けた（鞍掛石）<br />
6.義経が休んだ石（義経の休み石）<br />
<br />
<br />
【綾織町】<br />
1.弁慶が載せた岩（続石）<br />
2.弁慶が昼寝した岩（弁慶の昼寝石）<br />
3.続石の前に笠岩を載せられ泣いたという（泣き石）<br />
4.弁慶の下駄の跡（弁慶の下駄跡岩）<br />
5.弁慶が手玉にとったという巨大な玉石（弁慶の手玉岩）<br />
6.義経が建立したという神社（愛宕神社）<br />
7.弁慶の太刀割石<br />
<br />
【青笹町】<br />
1.弁慶の足型石<br />
<br />
【上郷町】<br />
<br />
1.弁慶の足型石（現在某家の庭石）<br />
2.義経の愛馬を祀った駒形神社<br />
3.義経を風呂に入れたという風呂家<br />
4.伊豆神社<br />
5.日出神社（義経の娘、日出姫が建立）<br />
6.仙人峠(義経休み石)<br />
<br />
【土淵町】<br />
<br />
1.弁慶の手形石<br />
2.義経の愛馬が狼に襲われ爪を食われたとされる（爪喰野）<br />
3.義経が愛馬の鞭に使ったという桜の枝に根が付いて（爪喰野の桜）<br />
<br />
【附馬牛町】<br />
<br />
1.弁慶の太刀割石<br />
2.弁慶の手形岩]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>遠野不思議　第七百五十五話「源義経の愛宕神社」</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://dostoev.exblog.jp/20082605/" />
    <id>http://dostoev.exblog.jp/20082605/</id>
    <issued>2013-07-25T09:49:00+09:00</issued>
    <modified>2019-10-08T08:31:08+09:00</modified>
    <created>2013-07-25T09:49:42+09:00</created>
    <author><name>dostoev</name></author>
    <dc:subject>遠野の義経&amp;弁慶伝説</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201307/25/75/f0075075_8453428.jpg" alt="_f0075075_8453428.jpg" class="IMAGE_MID" height="667" width="500" /></center><br />
源頼朝が平泉を攻めた時の事である。藤原泰衡は義経を殺さず、偽首を送った。義経は逃れて、東磐井郡より江刺を経て遠野に来たが、隅々この地方の人々が火災に苦しんでいる様を見られて、愛宕の神は鎮火の守護神である事を教え、この愛宕の神を祀って火災防除を祈ったのが、この神社であると伝える。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201307/25/75/f0075075_8514933.jpg" alt="_f0075075_8514933.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center><br />
確認はしていないが、この愛宕神社の麓に流れる猿ヶ石川にかかる愛宕橋の下に、義経が乗っていた馬の蹄跡のある石が或るとされている。<br />
<br />
ところで、岩手県の義経伝説の殆どが、昔からの聖地に上から義経伝説が被せられている。遠野に伝わるわらべ歌に、頼朝をネズミとして揶揄った歌が伝わっているのは、反鎌倉幕府、反源頼朝という意識が強かったのだろうと思われる。<br />
<br />
例えば、関東では反朝廷の意識が高かった時代に、朝廷の恐れる祟り神である菅原道真を祀る天満宮を多く建立したのは、その意識の表れであったという。そういう意味では、蝦夷国を攻め込んだ源頼朝に対するレジスタンスの意識、反鎌倉幕府への意識が、岩手県の各所に源義経伝説を結びつけていったのかもしれない。]]></content>
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    <title>遠野不思議　第七百三十三話「弁慶の水飲み場」</title>
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    <issued>2013-05-29T17:42:56+09:00</issued>
    <modified>2013-05-29T17:42:44+09:00</modified>
    <created>2013-05-29T17:42:44+09:00</created>
    <author><name>dostoev</name></author>
    <dc:subject>遠野の義経&amp;弁慶伝説</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201305/29/75/f0075075_17294029.jpg" alt="_f0075075_17294029.jpg" class="IMAGE_MID" height="320" width="480" /></center><br />
境木峠の旧道に、弁慶の水飲み場と呼ばれる場所がある。平坦で広めの場所に小さな滝があり、水を汲んで飲むには適した場所だ。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201305/29/75/f0075075_1732192.jpg" alt="_f0075075_1732192.jpg" class="IMAGE_MID" height="320" width="480" /></center><br />
ただ何故に弁慶の水飲み場かというと、この水飲み場の傍に画像の石がある。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201305/29/75/f0075075_17343268.jpg" alt="_f0075075_17343268.jpg" class="IMAGE_MID" height="320" width="480" /></center><br />
パッと見た目にも、人工的に作られたような綺麗な長方形の石。弁慶が作ったという伝承の石で昔、旅人が水を飲み、この石に座って休んだという。画像で見るより直接見た方が、この石の綺麗な長方形を理解できると思う。今では石の上に枯葉が積もり草も生え、その姿を半分以上隠しているが、全てを取り除いて綺麗に洗って磨いたら、見事な弁慶の休石になるのだと思う。]]></content>
  </entry>
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    <title>遠野不思議　第六百六話「弁慶の太刀割石（綾織）」</title>
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    <issued>2008-12-05T06:56:00+09:00</issued>
    <modified>2008-12-05T07:23:46+09:00</modified>
    <created>2008-12-05T06:57:37+09:00</created>
    <author><name>dostoev</name></author>
    <dc:subject>遠野の義経&amp;弁慶伝説</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200812/05/75/f0075075_630842.jpg" alt="_f0075075_630842.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200812/05/75/f0075075_6301956.jpg" alt="_f0075075_6301956.jpg" class="IMAGE_MID" height="667" width="500" /></center><br />
全体像がハッキリしない撮影となってしまったが、薄暗くなってからの撮影であっ<br />
たし、杉林に囲まれていたのも撮影には不利だった。しかし、かなり巨大な大岩だ。<br />
<br />
形は下記の写真と同じで、附馬牛にある「弁慶が刀で切った岩」に似ている。細か<br />
な伝承は残っていないが、口伝だけで伝えられているものだ。それと共通している<br />
のはもう一つあり、どちらも今では岩の周辺を藪が覆い、木々が生い茂りその姿を<br />
見難いものにしているという事だ。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200812/05/75/f0075075_643434.jpg" alt="_f0075075_643434.jpg" class="IMAGE_MID" height="330" width="400" /></center>]]></content>
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    <title>遠野不思議　第六百四話「義経の休み石と鞍掛石」</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://dostoev.exblog.jp/9815556/" />
    <id>http://dostoev.exblog.jp/9815556/</id>
    <issued>2008-12-03T18:26:00+09:00</issued>
    <modified>2019-01-27T12:58:19+09:00</modified>
    <created>2008-12-03T18:27:00+09:00</created>
    <author><name>dostoev</name></author>
    <dc:subject>遠野の義経&amp;弁慶伝説</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200812/03/75/f0075075_17544065.jpg" alt="_f0075075_17544065.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center>小友峠に、休み石と尖って鞍掛けの格好をした鞍掛石と呼ばれる石がある。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200812/03/75/f0075075_17554565.jpg" alt="_f0075075_17554565.jpg" class="IMAGE_MID" height="667" width="500" /></center>文治五年、源頼朝に攻められて奥州藤原氏が滅んだ頃、平泉を落ち延びた義経は、江刺から五輪峠を越えて小友に入り、小友峠を越えて遠野に入る予定であったそうだが、遠野は交通が頻繁で逃げ行くには不利と悟り、この峠を途中で戻り、小黒沢に入り、気仙へと向かったという伝承がある。この時、小友峠で腰を下ろした石が休み石で、愛馬である小黒の鞍を掛けたのを鞍掛石と呼ばれる。また別に、土室の追剥鎮圧に、阿曽沼浪人から南部家に召抱えられた、大目付添役の杉岡兵太夫が小友峠を通って、馬の鞍を掛けた事から鞍掛石とも呼ばれている。]]></content>
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    <title>遠野不思議　第四百二十六話「黒地の伝承」</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://dostoev.exblog.jp/5961783/" />
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    <issued>2007-07-24T09:34:00+09:00</issued>
    <modified>2022-06-23T19:06:14+09:00</modified>
    <created>2007-07-24T09:34:52+09:00</created>
    <author><name>dostoev</name></author>
    <dc:subject>遠野の義経&amp;弁慶伝説</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200707/24/75/f0075075_9281344.jpg" alt="_f0075075_9281344.jpg" class="IMAGE_MID" height="667" width="500" /></center><br />
上郷町には、源義経が風呂に入った事から”風呂家”と称する家があるが、実は、義経北方伝説では平泉から真っ直ぐ小友に逃げ延びた義経は、この地にある家に入ったのだと。九郎判官義経の"九郎(くろう)"は、音からしばしば"黒(くろ)"とも読まれる。岩手県沿岸部の黒山(くろやま)も、元々は九郎山が転訛したものだとされる。この小友の黒地というのは、「九郎が来た地」を意味し、九郎地が黒地に変化したものであるようだ。<br />
<br />
ただ、菊池春雄「小友町史(長野)」にも黒地に関して記されている。古老たちが「昔、黒地で源義経と弁慶の事を書いた本を見た事がある。話も聞いた。」などという曖昧な内容の伝承らしい。現在は、この黒地の標柱の文字もすっかり風化し消え失せ、何が書かれているかわからない。ただ、小友町長野の西来院の上の土地が、古くから"黒地"と伝わっている事実はある。<br />
]]></content>
  </entry>
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    <title>遠野不思議　第三百七十一話「中村の判官堂」</title>
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    <issued>2007-05-17T08:12:21+09:00</issued>
    <modified>2007-05-17T08:12:21+09:00</modified>
    <created>2007-05-17T08:12:21+09:00</created>
    <author><name>dostoev</name></author>
    <dc:subject>遠野の義経&amp;弁慶伝説</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200705/17/75/f0075075_7485687.jpg" alt="_f0075075_7485687.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><br />
小高い山の頂に、この判官堂はある。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200705/17/75/f0075075_7491364.jpg" alt="_f0075075_7491364.jpg" class="IMAGE_MID" height="667" width="500" /></center><br />
祠の中には、義経であるという像が祀ってある。ただしこの像の年代は<br />
新しく、大正時代製作のものであり、それ以前に祀られてあった像に取<br />
って代わったものらしい。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200705/17/75/f0075075_7492636.jpg" alt="_f0075075_7492636.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><br />
熱でひしゃげた、鉄製の…。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200705/17/75/f0075075_7531397.jpg" alt="_f0075075_7531397.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200705/17/75/f0075075_7532531.jpg" alt="_f0075075_7532531.jpg" class="IMAGE_MID" height="376" width="500" /></center><br />
実は、手前の大きな祠に義経の像が祀られてあるのだが、後ろの小さな<br />
祠には？という事で、小さな祠の扉を開けたら…「カサカサカサ…。」とい<br />
う音と共に、カマドウマとクモが、それこそウジャッ！と飛び出してきた。<br />
思わず身を引いたが、とにかく祠の内部をパシャッと一枚撮影した。内部<br />
には何も祀られておらず、ただカマドウマとクモの群れが…(＾＾；<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200705/17/75/f0075075_7573969.jpg" alt="_f0075075_7573969.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><br />
この判官堂がある山道を登ると、途中は殆ど竹薮だった。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200705/17/75/f0075075_7591751.jpg" alt="_f0075075_7591751.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200705/17/75/f0075075_885860.jpg" alt="_f0075075_885860.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><br />
この判官堂の帰り道、竹薮に覆われた坂道を下っていくと…急にドドドッ！<br />
と、自分のすぐ脇から何かが飛び出した。思わず「うわっ！」と声を出して<br />
しまったが、正体はカモシカだった。キジなどもそうだけど、その存在に<br />
気付かないまま、急に飛び出されると、やはり驚いていまうだよ(＾＾；]]></content>
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    <title>遠野不思議　第百六十五話「上郷駒形神社（義経伝説）」</title>
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    <issued>2006-04-22T16:12:00+09:00</issued>
    <modified>2019-01-27T12:55:44+09:00</modified>
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    <author><name>dostoev</name></author>
    <dc:subject>遠野の義経&amp;弁慶伝説</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200604/22/75/f0075075_166588.jpg" alt="_f0075075_166588.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200604/22/75/f0075075_167585.jpg" alt="_f0075075_167585.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200604/22/75/f0075075_1671345.jpg" alt="_f0075075_1671345.jpg" class="IMAGE_MID" height="300" width="225" /></center>昔は馬大事なもので、馬ががいなければ農業ができなかった。その馬を信仰するために駒形神社を建てて、馬の無病息災を願ったという。板沢の駒形神社は、平泉から逃れてきた源義経の愛馬が病死し、埋めた場所とも伝えられている。]]></content>
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    <title>遠野不思議　第百十六話「義経の愛馬「小黒」の墓」</title>
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    <issued>2006-03-19T01:03:00+09:00</issued>
    <modified>2007-03-01T12:04:24+09:00</modified>
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    <author><name>dostoev</name></author>
    <dc:subject>遠野の義経&amp;弁慶伝説</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/19/75/f0075075_105029.jpg" alt="_f0075075_105029.jpg" class="IMAGE_MID" height="300" width="225" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/19/75/f0075075_111235.jpg" alt="_f0075075_111235.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/19/75/f0075075_112696.jpg" alt="_f0075075_112696.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/19/75/f0075075_115031.jpg" alt="_f0075075_115031.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center>]]></content>
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    <title>遠野不思議　第九十三話「判官神社（まだ何か隠されてある…。）」</title>
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    <issued>2006-03-09T15:20:00+09:00</issued>
    <modified>2007-03-01T10:39:47+09:00</modified>
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    <author><name>dostoev</name></author>
    <dc:subject>遠野の義経&amp;弁慶伝説</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/09/75/f0075075_15144677.jpg" alt="_f0075075_15144677.jpg" class="IMAGE_MID" height="428" width="288" /></center><br />
この判官神社…探せど入り口が、わからなかった。しかたないので地図で<br />
照らし合わせ、一番近そうな民家に尋ねてみると「うちの裏山にありますよ。」<br />
という答えが返ってきた。<br />
なんと民家の敷地に入り、その自宅脇から裏山へと続く道を登って、判官神社<br />
へと赴くのだそうだ…（＾＾;;;;<br />
<br />
暫らくすると、自分の目にシートを被ったトラクターが入ってきた。よくよく見ると、<br />
鳥居らしいものが見える。『ああ、ここがそうだな…。』と思い、すぐさま鳥居の<br />
正面へと向かった。しかし…。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/09/75/f0075075_1514578.jpg" alt="_f0075075_1514578.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/09/75/f0075075_1515627.jpg" alt="_f0075075_1515627.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center><br />
通常は「判官神社」とか記されていると思ったが、何の表示も無い。見た目も<br />
古びた手入れも行き届いていない神社らしく『もしや、移転したのでは？』とい<br />
う疑念にかられた。<br />
<br />
試しにそれから、山の奥へと道を進んだが、まったく新しい神社が出現する<br />
気配もない。やはりか？という思いで、再び先程の神社へと戻ったのである。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/09/75/f0075075_15151327.jpg" alt="_f0075075_15151327.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/09/75/f0075075_15152162.jpg" alt="_f0075075_15152162.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center><br />
鳥居を潜ると、賽銭箱が無造作に置かれている本殿の入り口であった。その<br />
賽銭箱の脇には、塩ビのパイプと古びれたスリッパが…。<br />
<br />
そして、そこから中へと入り覗き見ると、僅かな階段を上がった場所に小さな<br />
祠があった。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/09/75/f0075075_15152934.jpg" alt="_f0075075_15152934.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/09/75/f0075075_15153875.jpg" alt="_f0075075_15153875.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/09/75/f0075075_15154413.jpg" alt="_f0075075_15154413.jpg" class="IMAGE_MID" height="300" width="225" /></center><br />
祠の扉を開けると、中には古びた木像があった。そして、その脇には木版に<br />
書かれた由来書があり、やっとここが「判官神社」なのだと納得したものだった(＾＾；<br />
<br />
後で別当の方に聞くと、古びた木像は、義経がこの地に訪れた時の姿を木像<br />
として残したのであると云う。]]></content>
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    <title>遠野不思議　第九十二話「鈴ヶ神社（静御前を奉る）」</title>
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    <issued>2006-03-09T15:12:00+09:00</issued>
    <modified>2023-03-20T08:28:33+09:00</modified>
    <created>2006-03-09T15:12:44+09:00</created>
    <author><name>dostoev</name></author>
    <dc:subject>遠野の義経&amp;弁慶伝説</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/09/75/f0075075_1524594.jpg" alt="_f0075075_1524594.jpg" class="IMAGE_MID" height="356" width="212" /></center>鈴ヶ神社は、川井村は鈴久名地方にある神社である。小高い山の頂にあり、入り口から登る事１０分弱。まるで、山城の如き神社である。この地は遠野ではないのだが、昔から「遠野物語」にも川井村の怪異の話もあるので、これも遠野郷として川井も含めて紹介しようと思う。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/09/75/f0075075_1534711.jpg" alt="_f0075075_1534711.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/09/75/f0075075_1535628.jpg" alt="_f0075075_1535628.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center><br />
　　　　　　　　　　　　　　　「鈴ヶ神社由来」<br />
静御前は金売り吉次に連れられて、義経一行とは別に、秋田を周って、当地に来られた。わざわざ遠回りしたのは、安全のためである。鈴久名地区の人たちは、大聖山(だいしょうやま）の閉伊川沿いに切立つ高台に館を建てて、御前をかくまってさしあげた。隣の箱石地区の山名家には、義経一行が身をよせており、御前は時折最愛の人と僅かな時を過ごすことが出来た。その義経が北海道へ旅立つ際、置いていった鞍馬寺の毘沙門天は、現在も大切に山名家で祀られている。判官神社が箱石にあるが、山名家とはこの神社の別当である。<br />
<br />
鎌倉の都で初めて義経と出会ってから、幾多の苦難をのりこえ、つかの間の安らぎを鈴久名で味わう。しかしそれもつかの間、御前は妊娠するも、難産のすえ命を落としてしまわれた。鈴久名の人々はその亡骸を密かに火葬し手厚く葬ってさし上げた。しかし、地区の者たちはその後も御前を慕い、賢き人と敬いやまず、鈴ヶ神社の<br />
神として、静御前と永遠に固い絆で結ばれることとなったのです。<br />
<br />
　　　　　　　　　　「鈴ヶ神社の名前の由来」<br />
<br />
<br />
静御前が身を隠すために、鈴久名の地名を元に自分の名前も「スズカ」と称したという説と、静御前の名前から「鈴久名」の地名がついたとされる説。その説に加えて説明しなくてはならないのが、訛りでろう。地元の年寄りは「さしすせそ」の発音が出来ない。「しずか」は「すずか」に変わる。この訛りも地名の由来に関係しているという。<br />
<br />
　　　　　　　　　　　「ご神体について」<br />
静御前のご神体については、特殊であるので宮古市にある賢伊仏具店より紹介され、有名な仙台の彫刻家の方に作ってもらった。高さ２０センチくらいで杖と傘をもち、ワラジを履いた、旅姿の静御前である。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/09/75/f0075075_154311.jpg" alt="_f0075075_154311.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/09/75/f0075075_1541076.jpg" alt="_f0075075_1541076.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/09/75/f0075075_1541657.jpg" alt="_f0075075_1541657.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center><br />
入り口には鳥居があり、そこから坂をわずかばかり登ると、静御前の供養塔がある。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/09/75/f0075075_1542289.jpg" alt="_f0075075_1542289.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/09/75/f0075075_1543067.jpg" alt="_f0075075_1543067.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center><br />
かなりの急勾配の坂を登って、どうにか本殿まで辿り着く。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/09/75/f0075075_1543891.jpg" alt="_f0075075_1543891.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center><br />
本殿の外から内部の祭壇を撮影したら…不思議なものが写りこんでいた。あとで鈴ヶ神社のＨＰを運営する人に聞いたら、なんでも箪笥に仕舞っている白拍子の服なそうな。なんで写ったのかは、定かではない（＾＾;;;;]]></content>
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    <title>遠野不思議　第五十六話「泣き石」</title>
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    <issued>2006-03-05T16:43:00+09:00</issued>
    <modified>2007-03-01T10:35:30+09:00</modified>
    <created>2006-03-05T16:43:09+09:00</created>
    <author><name>dostoev</name></author>
    <dc:subject>遠野の義経&amp;弁慶伝説</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/05/75/f0075075_16393864.jpg" alt="_f0075075_16393864.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center><br />
泣き石伝説は、日本中に蔓延しているが、ここは弁慶が今の続き石に<br />
乗っている笠岩を、初めに乗せたと云われる石だ。<br />
「自分の方が位の高い石なのに、こんな石を乗せられて悔しい…。」<br />
と、悔しくて泣いたのだという。弁慶もその泣き声が煩いので、笠岩を<br />
現在の場所に代えたという話が伝わっている。]]></content>
  </entry>
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    <title>遠野不思議　第五十五話「弁慶の昼寝岩」</title>
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    <id>http://dostoev.exblog.jp/1080349/</id>
    <issued>2006-03-05T16:38:00+09:00</issued>
    <modified>2022-07-17T10:33:54+09:00</modified>
    <created>2006-03-05T16:38:18+09:00</created>
    <author><name>dostoev</name></author>
    <dc:subject>遠野の義経&amp;弁慶伝説</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/05/75/f0075075_16353144.jpg" alt="_f0075075_16353144.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center><br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/05/75/f0075075_1636141.jpg" alt="_f0075075_1636141.jpg" class="IMAGE_MID" height="230" width="300" /></center><br />
上は、現在の弁慶昼寝場。下は、昔の弁慶昼寝場。こう写真を比較すると何かが違う。というか、昔は現在の説明している石塔の後ろに見える木の脇に、弁慶の昼寝場があったのだが、今はずっと手前に表示されている。雨が降り、年月が経って埋まってしまったのだろうか？しかし石は土砂で埋もれても、ここまでずり下がるのだろうか？もしかして完璧に埋まってしまい、別の石を弁慶の昼寝場として紹介している可能性がある。<br />
<br />
遠野中の遺跡や石は、自然現象と人為的な間違いも含めて埋もれていくのかもしれない。しかし、それは避けたいもの。]]></content>
  </entry>
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    <title>遠野不思議　第五十四話「続き石」</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://dostoev.exblog.jp/1080297/" />
    <id>http://dostoev.exblog.jp/1080297/</id>
    <issued>2006-03-05T16:34:00+09:00</issued>
    <modified>2007-03-01T10:35:16+09:00</modified>
    <created>2006-03-05T16:34:12+09:00</created>
    <author><name>dostoev</name></author>
    <dc:subject>遠野の義経&amp;弁慶伝説</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/05/75/f0075075_1624035.jpg" alt="_f0075075_1624035.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center><br />
現在は、すっかり観光地化されて、入り口も分かり易く、続く石までの<br />
道もキチンと整備されて、なんとなく公園ぽくなった。その続き石の入<br />
り口付近に、上記の続き石のオブジェを置いている。これを本物と間違<br />
え、ここで記念写真を撮り帰る人もいるとか…。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/05/75/f0075075_16241464.jpg" alt="_f0075075_16241464.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/05/75/f0075075_16242755.jpg" alt="_f0075075_16242755.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center><br />
昔、弁慶が今の泣き石へと笠岩へと置いたところ「俺の方が位の高い岩<br />
なのに…。」と悔しくて泣いたそうだ。弁慶はその泣き声がうるさいので、<br />
その笠岩を今の場所へと移したそうである。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200603/05/75/f0075075_16245228.jpg" alt="_f0075075_16245228.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center><br />
続き石は、未だに謎である。だから、ここを見学に来るのならば、自分で<br />
その謎を解明しようと思いながら続き石を見るのもまた一興である。<br />
続き石考察]]></content>
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