<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<?xml-stylesheet href="/assets/xslt/rss.xsl" type="text/xsl" media="screen" ?>
<rss version="2.0"
     xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
     xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
     xmlns:admin="http://webns.net/mvcb/"
     xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#">
  <channel>
    <title>不思議空間「遠野」　－「遠野物語」をｗｅｂせよ！－:早池峯遥拝所</title>
    <category domain="http://dostoev.exblog.jp/i254/">早池峯遥拝所</category>
    <link>http://dostoev.exblog.jp</link>
    <description>遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求</description>
    <dc:language>ja</dc:language>
    <dc:creator>dostoev</dc:creator>
    <dc:rights>2026</dc:rights>
    <pubDate>Fri, 02 Jan 2026 13:43:57 +0900</pubDate>
    <dc:date>2026-01-02T13:43:57+09:00</dc:date>
    <sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
    <sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
    <sy:updateBase>2013-06-01T12:00:00+00:00</sy:updateBase>
    <image>
      <title>不思議空間「遠野」　－「遠野物語」をｗｅｂせよ！－</title>
      <url>https://pds.exblog.jp/logo/1/197001/01/75/f007507520250905180317.jpg</url>
      <link>http://dostoev.exblog.jp</link>
      <width>80</width>
      <height>80</height>
      <description>遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求</description>
    </image>
    <item>
      <title>早池峯山遥拝所　其の九(権現堂山)</title>
      <link>http://dostoev.exblog.jp/32371742/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://dostoev.exblog.jp/32371742/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202107/24/75/f0075075_18022550.jpg" alt="_f0075075_18022550.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center>「いしどりや歴史と民俗第5号」によれば、権現堂山は旧八重畑村で一番高い山であるそうだが、標高４７６．３メートルでどちらかといえば低山に属するのかもしれない。この権現堂山は昔、早池峯権現が鎮座した場所と伝えられる。そして奥州市の正法寺にも関係する伝承がある。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202107/24/75/f0075075_18042198.jpg" alt="_f0075075_18042198.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center>江刺郡黒石村正法寺の開山は無底良韶禅師といい、能州酒井保の人であり、曹洞宗大本山能登総持寺の二世峨山禅師の高弟二十五哲の一人。康永三年(１３４４年)陸奥国布教の為に江刺郡に来て、黒石の地を気に入り庵を建てて住んでいた。庵の近くには沼があり鎮守の神霊が住んでいたが、突然沼の堤が切れて水が北上川へと流れ落ちた。その為に沼の主は住むところが無くなったので、権現堂山に来て一晩に千の沢を作って住もうと思ったが千に足らないのに夜明けが訪れ、神霊は驚いて早池峯へと移動したという事である。つまり早池峯の神霊は初め黒石の地に住んでいたが、権現堂山経由で早池峯へと移動したという話となるか。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202107/24/75/f0075075_18341760.jpg" alt="_f0075075_18341760.jpg" class="IMAGE_MID" height="667" width="500" /></center>正法寺の裏山を早池峯といい、その頂には早池峯権現を祀る社がある。つまり早池峯の遥拝所であると。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202107/24/75/f0075075_18020694.jpg" alt="_f0075075_18020694.jpg" class="IMAGE_MID" height="319" width="480" /></center>そして、この流れを受けた権現堂山も同じく早池峯の遥拝所の役割としてあるようだ。岩手県の神社庁HPには「往古は、堂宇が小柴森(権現堂山)にあって早池峯大権現と称し、早池峯の霊山遥拝所だった。」と記している。山頂には、熊野の石碑などがある。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202107/24/75/f0075075_18023496.jpg" alt="_f0075075_18023496.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center>ただし山頂のからの展望は花巻温泉方面だけであり、早池峯方面を見る事が出来ない。<br />
]]></description>
      <dc:subject>早池峯遥拝所</dc:subject>
      <dc:creator>dostoev</dc:creator>
      <pubDate>Sat, 24 Jul 2021 18:39:47 +0900</pubDate>
      <dc:date>2021-07-24T18:39:47+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>早池峯山遥拝所　其の八(物見山(種山))</title>
      <link>http://dostoev.exblog.jp/30616030/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://dostoev.exblog.jp/30616030/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201905/27/75/f0075075_18422956.jpg" alt="_f0075075_18422956.jpg" class="IMAGE_MID" height="319" width="480" /></center>遠野には、物見山が二つある。一つは、遠野市街の鍋倉山の背後に聳える、物見山。これは、小友町からは長富士とも呼ばれている。そしてもう一つは、その小友町の西南に聳え、住田町と江刺市と境界を分ける形で聳える物見山。別名「種山」と云う。種は山伏用語で鉱物を意味し、古来から金が採掘された山であったようだ。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201905/27/75/f0075075_18423552.jpg" alt="_f0075075_18423552.jpg" class="IMAGE_MID" height="319" width="480" /></center>標高は８０７．６メートルと、それほど高い山では無いが、周囲に高い山が無い為、３６０度に渡って見晴らしが良い。まさに、物見山という名に相応しい山であると思う。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201905/27/75/f0075075_18424120.jpg" alt="_f0075075_18424120.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center>その物見山の頂に、平行に並んだ二基の石がある。その方向は北を示し、早池峯が遠望できる。これと似た様なものが、やはり別の物見山(種山)にもある。見た目から、人為的な石ではなく自然石かとも思うのだが、どうだろうか。菊池春雄氏と荻野馨氏が残してくれた「遠野市における館・城・屋敷跡調査報告書」によれば、どちらも早池峯を遥拝する為のもののように書かれている。<br />
<br />
<br />
物見山の同じ石は、約千年の年月から石が割れ、下から樹木が生い茂り石を持ち上げて、当初の状態と変化しているのがわかる。この物見山の石もまた約千年の年月から変化したものと考えれば、今の状況は致し方ないのかもしれない。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201905/27/75/f0075075_18545590.jpg" alt="_f0075075_18545590.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center>また早池峯だが、天気は良かったものの遠方は霞がかっており、早池峯を確認する事はできなかった。ところで、この物見山(種山)と早池峯には縁があるのかわからなかったが、「住田町史(第六巻民俗偏)」には「大股・小股」という地名の由来譚に、早池峯との縁を書いた話がある。<br />
]]></description>
      <dc:subject>早池峯遥拝所</dc:subject>
      <dc:creator>dostoev</dc:creator>
      <pubDate>Mon, 27 May 2019 18:55:58 +0900</pubDate>
      <dc:date>2019-05-27T18:55:58+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>早池峯山遥拝所　其の七(物見山)</title>
      <link>http://dostoev.exblog.jp/30584488/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://dostoev.exblog.jp/30584488/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201905/08/75/f0075075_18415827.jpg" alt="_f0075075_18415827.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center>城下町であった遠野の町の南に聳える、物見山。名前の通り、物見が成された山であったようだ。ただ、ブログ上で、ここの分類を少々迷った。館跡でもあるが、奇石の紹介ともなる地でもあるのだが、遠野の西に聳える別の物見山と似たような形式になる為、取り敢えず早池峯遥拝所として紹介する事にする。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201905/08/75/f0075075_18453268.jpg" alt="_f0075075_18453268.jpg" class="IMAGE_MID" height="319" width="480" /></center>この遥拝所には、人工的に見える巨石が転がっているように見えるが、実は石の流れの向きが、早池峯の北を向いている。これは、西の物見山と同じ形状である事から、何等かの人為的力が働いたとみるべきか。先人の菊池春雄氏は、南部時代にはこの地の記録が無い事から、それ以前の安倍氏の時代であろうとしている。偽書と云われる「東日流外三郡誌」には、この物見山には安倍富長氏という名前が記されているが、気になるのはこの物見山の後は、小友町となっている。その小友からは、この物見山の別名を「長富士」と呼ばれている事だ。安倍"富長"と"長富士"と、逆並びとなるが、似たような漢字が重なっている。長い富士という名称が、以前から何故に富士山なのか疑問であったが、この安倍富長氏を組み替えて、「氏」を「士」とすれば「長富士」となってしまうのが個人的には納得してしまう。本来はどうなのかだが、この考えも考慮に入れても良いのではなかろうか。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201905/08/75/f0075075_18561163.jpg" alt="_f0075075_18561163.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center>ともかく、こうして石の配列と、その先に聳える早池峯を見ると、安倍氏の早池峯に対する想いを感じてしまう。<br />
]]></description>
      <dc:subject>早池峯遥拝所</dc:subject>
      <dc:creator>dostoev</dc:creator>
      <pubDate>Wed, 08 May 2019 18:57:50 +0900</pubDate>
      <dc:date>2019-05-08T18:57:50+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>早池峯山遥拝所　其の六(白山様)</title>
      <link>http://dostoev.exblog.jp/28845840/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://dostoev.exblog.jp/28845840/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201712/10/75/f0075075_12511695.jpg" alt="_f0075075_12511695.jpg" class="IMAGE_MID" height="320" width="480" /></center><br />
白山様と呼ばれる、小高い岩山に登り立って祈願すると長者に成れると云う。昔は、白山様の頂に沢水を渡し、上から水を落として人工的な滝を造ったという事だ。人工的な滝を作ったのは恐らく、景観が素晴らしくなるから、というものあったのだろう。しかし長者祈願の岩山に敢えて人口の滝を加えたのは何故かと考えた場合、祈願する方向が北に向いている事に関係するのかとも思えた。北に聳えるのは、早池峯山と遠野の民は認識していた筈。ここから少し離れた琴畑の地にも、早池峯山の遥拝所がある事からも、同じ土渕の違う場所に早池峯遥拝所があっても、不思議では無い。ただ、何故に"長者祈願"であったのかという事だろう。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201712/10/75/f0075075_13252776.jpg" alt="_f0075075_13252776.jpg" class="IMAGE_MID" height="320" width="480" /></center><br />
白山様の頂に登り立つと、船型の岩があるのに気付く。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201712/10/75/f0075075_1326338.jpg" alt="_f0075075_1326338.jpg" class="IMAGE_MID" height="320" width="480" /></center><br />
その船型の岩に登り立つと、船の舳に立った感覚になる。もしかして宝船を意識したものか?とも思える。宝船には七福神、もしくは八福神。その一人増えるか減る曖昧な神は、弁財天、もしくは吉祥天となっている。ただ、吉祥天も弁財天も同一の神であるとされる。<br />
<br />
宝船と白山と弁財天&吉祥天を結び付けるものは何かというと、まずは間に入るのが平泉寺白山神社であると思う。開祖は、白山を開山した泰澄である。平泉寺(へいせんじ)は、奥州藤原氏が白山信仰に影響を受けた事からの平泉(ひらいずみ)となった元の名であるようだ。その平泉寺では、養老年間に泰澄が開基した天台宗平泉寺の隆盛期に、伽藍の一部として弁財天が祀られたそうだが、それが"弁財天白龍王大権現"であったようだ。白蛇は財を成すとされる俗信は、これに関連している。<br />
<br />
また俗に「宮本文書」と云われる「早池峯妙泉寺文書」によれば「早池峯の開山説話は、白山の草創説話と非常によく似ていて、霊泉、七不思議など全く同一の着想である。これは延暦寺に対する白山の関係を、中尊寺と早池峯山に想定し、天台の僧によって早池峯山妙泉寺が草創されたものであろう。」としている。これに付け加えれば、早池峯山中の「お金蔵」と「早池峯剣ヶ峰」も白山に同じとなる。また違う話だが、竜神を表記する場合に「妙泉太神龍」もしくは「妙泉大龍神」と記す場合がある。早池峯神社の前身が早池峯妙泉寺である事を考えみれば、この影響を受けて命名されたのが早池峯妙泉寺なのだと思える。つまり早池峯妙泉寺とは"早池峯の龍神を祀る寺"という事であろう。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201712/10/75/f0075075_213788.jpg" alt="_f0075075_213788.jpg" class="IMAGE_MID" height="640" width="480" /></center><br />
恐らく白山と早池峯との繋がりが深いというよりも、神を通じて同一だと思って良い。同じく白山を祀る曹洞宗の永平寺でも、熊野神と白山神と早池峯神は同一神として考えられている。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201712/10/75/f0075075_2139509.jpg" alt="_f0075075_2139509.jpg" class="IMAGE_MID" height="667" width="500" /></center><br />
また同じ遠野の白山比咩を祀る上郷町のトンノミに掛けられている額絵には、龍に乗った女神の絵があるが。恐らく上郷町の日出神社とトンノミ、そして中居神社も同じく、白山信仰を再現しているものであろう。また同じ上郷町平清水の白山神社には、龍に乗った女神像が御神体になる。その上郷町の日出神社に並ぶ天香山は早池峯山の遥拝所となっている事から、遠野の白山信仰は、そのまま早池峯信仰に向けられていると言っても過言では無いだろう。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201712/10/75/f0075075_21544781.jpg" alt="_f0075075_21544781.jpg" class="IMAGE_MID" height="720" width="480" /></center><br />
もう一度最初に立ち返るが、何故に白山様と呼ばれる小高い岩山に滝が必要であったのか。確かに景観を考えれば、水を落としてみたくなる岩山である。しかし、長者祈願となる信仰の岩山である事を考えれば、単に景観だけを思って沢水を引いて水を落としたわけでは無いだろう。恐らく、白山であり早池峯の神が穢祓の神である滝神に由来してのものを意識したのだろう。その為に人口滝を作り、白山であり早池峯に近付けようとしたのだと考える。<br />
<br />
そして長者になりたいという俗なる欲望は、早池峯の神の伝説の中に泥棒を擁護した話があり、それから「一生に一度だけ無理な願いを叶えてくれる神」と信じられた事に起因しているのだろう。恐らくこの白山様は当初、早池峯山の遥拝所としてあったのではなかろうか。それが後から弁財天と財を成す白蛇も重り、無理な願い(長者祈願)の場所として広まったのだろうと思う。]]></description>
      <dc:subject>早池峯遥拝所</dc:subject>
      <dc:creator>dostoev</dc:creator>
      <pubDate>Sun, 10 Dec 2017 22:08:40 +0900</pubDate>
      <dc:date>2017-12-10T22:08:40+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>早池峯山遥拝所　其の五(大槌町鯨山)</title>
      <link>http://dostoev.exblog.jp/22029263/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://dostoev.exblog.jp/22029263/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201405/13/75/f0075075_7305766.jpg" alt="_f0075075_7305766.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center><br />
鯨山は沿岸の大槌町で信仰される霊山である。標高は６１０メートルで、比較的簡単に登れる山である。また車でも途中まで行けるので、ハイキングがてら大槌町民も大勢気軽に登っていると聞く。その地元民に聞くと、鯨山からは早池峯が遠望できるので、昔から鯨山に登って早池峯に手を合わせる人がいたという。つまり早池峯山の遥拝所としても鯨山は存在したらしい。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201405/13/75/f0075075_736095.jpg" alt="_f0075075_736095.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center><br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201405/13/75/f0075075_7361439.jpg" alt="_f0075075_7361439.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center><br />
頂からの展望は、見事に海が見渡せる。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201405/13/75/f0075075_7391264.jpg" alt="_f0075075_7391264.jpg" class="IMAGE_MID" height="320" width="480" /></center><br />
見える海岸は、吉里吉里海岸と浪板海岸となる。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201405/13/75/f0075075_7411020.jpg" alt="_f0075075_7411020.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center><br />
瓦礫はすでに撤去され綺麗な街並みにも感じるが、やはり絵画線近くには民家は立っていない。民家の殆どが高台に建つ家ばかりのようである。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201405/13/75/f0075075_747214.jpg" alt="_f0075075_747214.jpg" class="IMAGE_MID" height="320" width="480" /></center><br />
さて、鯨山の頂には奥宮が建っている。本社は、浪板不動の滝のある場所に鎮座し、浪板海岸から少し奥に入ったところに鳥居があるのは鯨山の遥拝所であるという事だ。この奥飲み屋に向かって右を向くと太平洋が広がり、左を向くと早池峯が遠望できる。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201405/13/75/f0075075_7502522.jpg" alt="_f0075075_7502522.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center><br />
さて、奥の宮から左を見ると、確かにまだ雪を抱いている早池峯が確認できた。薬師岳は手前の山に隠れているが、山頂だけが顔を覗かせている。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201405/13/75/f0075075_7512170.jpg" alt="_f0075075_7512170.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center><br />
この時期に周囲を見渡しても、雪を抱いている山は早池峯だけである。それが山としての霊威を感じる、一つの理由であったろうか。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201405/13/75/f0075075_7552752.jpg" alt="_f0075075_7552752.jpg" class="IMAGE_MID" height="320" width="480" /></center><br />
石碑にも早池峯の名は刻まれていた。]]></description>
      <dc:subject>早池峯遥拝所</dc:subject>
      <dc:creator>dostoev</dc:creator>
      <pubDate>Tue, 13 May 2014 07:56:09 +0900</pubDate>
      <dc:date>2014-05-13T07:56:09+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>早池峯山遥拝所　其の四(上郷町細越)</title>
      <link>http://dostoev.exblog.jp/19941190/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://dostoev.exblog.jp/19941190/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201307/02/75/f0075075_19172087.jpg" alt="_f0075075_19172087.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><br />
画像の鋭ヶ森という山は、日出神社に向かって右脇に尖がって聳える山で、日出神社に伝わる七つ森の一つの山でもある。この鋭ヶ森は別名「天香山」とも呼ばれ昔、早池峯山が女人禁制だった時代、この山に登り早池峰を遥拝したのだという。また、この地域で雨乞いをする場合、この山に登り、頂で千駄木を焚いたとも云う。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201307/02/75/f0075075_19172956.jpg" alt="_f0075075_19172956.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><br />
晴れていれば、確かに早池峯が遠望できる。]]></description>
      <dc:subject>早池峯遥拝所</dc:subject>
      <dc:creator>dostoev</dc:creator>
      <pubDate>Tue, 02 Jul 2013 19:22:39 +0900</pubDate>
      <dc:date>2013-07-02T19:22:39+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>早池峯山遥拝所　其の三(琴畑)</title>
      <link>http://dostoev.exblog.jp/19926944/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://dostoev.exblog.jp/19926944/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201306/30/75/f0075075_17473728.jpg" alt="_f0075075_17473728.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center><br />
琴畑の山に、早池峯遥拝所がある。ただし、昔と違い、植林された杉が成長し、また自然石で組んだ石段も、今はわからなくなったという。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201306/30/75/f0075075_17492190.jpg" alt="_f0075075_17492190.jpg" class="IMAGE_MID" height="400" width="500" /></center><br />
琴畑の集落から、琴畑渓流沿いから小升沢沿いに入り、琴畑地震観測所の少し先の嶺を登って行く。遥拝所の位置はだいたい聞いていたが、とにかく視界が悪く早池峯山を見る事が出来ない。ただ地図上に付けた矢印の延長上には、確かに早池峯は存在する。<br />
<br />
赤いラインは登った経路で、以前に登った時は、琴畑まで車で行き、車を乗り捨てから山を越えて、恩徳に降り立って帰った事がある。今回は、これで２度目の早池峯遥拝所探索だった。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201306/30/75/f0075075_1752053.jpg" alt="_f0075075_1752053.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center><br />
車を乗り捨ててから登る山は山道があるというわけではないが、上まで登り切ると木を植えている土手沿いに、山道が登場する。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201306/30/75/f0075075_17591759.jpg" alt="_f0075075_17591759.jpg" class="IMAGE_MID" height="320" width="480" /></center><br />
とにかく、土手沿いに歩いていれば、途中に道が無くなる事もあるが、迷う事は無い。恩徳方面まで進めば、眼下に林道が見える為に、あまり不安な気持ちにもならないが、林道には行き止まりの林道など、いくつもの林道があるのであちこちの林道探索をしていると、かなり体力を消耗する。]]></description>
      <dc:subject>早池峯遥拝所</dc:subject>
      <dc:creator>dostoev</dc:creator>
      <pubDate>Sun, 30 Jun 2013 18:03:08 +0900</pubDate>
      <dc:date>2013-06-30T18:03:08+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>早池峯山遥拝所　其の二(寺澤荒原)</title>
      <link>http://dostoev.exblog.jp/19906055/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://dostoev.exblog.jp/19906055/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201306/27/75/f0075075_10455912.jpg" alt="_f0075075_10455912.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center><br />
寺沢高原の達曽部寄りの山に早池峯遥拝所がある。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201306/27/75/f0075075_10465940.jpg" alt="_f0075075_10465940.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center><br />
山の合間に、早池峯の姿が見えるのだが…。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201306/27/75/f0075075_10475298.jpg" alt="_f0075075_10475298.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center><br />
去年撮影した画像では、薄らと早池峯の姿が確認できる。以前、この早池峯遥拝所とされる地には早池峯の石碑があったとされるが、今はどこにいったのか見当たらないという。ただここは狭い林道であり、眼下は崖となっている為に、大雨による地滑りで、その石碑も下に落ちたのではないかという事らしい。この地から、更に下に行くと「お滝さん」を祀る小さな祠と共に滝がある。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201306/27/75/f0075075_10511181.jpg" alt="_f0075075_10511181.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center><br />
今は名も知らぬ花が、あちこちで咲いている。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201306/27/75/f0075075_1054334.jpg" alt="_f0075075_1054334.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center>]]></description>
      <dc:subject>早池峯遥拝所</dc:subject>
      <dc:creator>dostoev</dc:creator>
      <pubDate>Thu, 27 Jun 2013 10:54:56 +0900</pubDate>
      <dc:date>2013-06-27T10:54:56+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>早池峯山遥拝所 其の一(拝峠)</title>
      <link>http://dostoev.exblog.jp/17900850/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://dostoev.exblog.jp/17900850/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201208/25/75/f0075075_18235344.jpg" alt="_f0075075_18235344.jpg" class="IMAGE_MID" height="320" width="480" /></center><br />
大迫の、拝峠へと行って見た。峠にある早池峰山の遥拝所を確認する為だ。拝峠の名の由来も、早池峰を拝むからきている。こういう遥拝所は、早池峰山を中心に、いくつも点在する。岩手県の山としては、最多の遥拝所があるのが早池峰山となる。そして、その中心となるのが遠野である。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201208/25/75/f0075075_18245761.jpg" alt="_f0075075_18245761.jpg" class="IMAGE_MID" height="320" width="480" /></center><br />
鳥居を潜り、草が生い茂った道を歩いて行くと、小さな石碑がポツンとあった。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201208/25/75/f0075075_18251559.jpg" alt="_f0075075_18251559.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center><br />
早池峰山と刻まれているが、然程古くはなさそうだ。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201208/25/75/f0075075_18464533.jpg" alt="_f0075075_18464533.jpg" class="IMAGE_MID" height="320" width="480" /></center><br />
本来は、この場所から早池峰山を仰ぎ見るのだろうが、草木が生い茂り、早池峰山を見る事ができない。ただし、峠の途中で早池峰山を確認している。車などで走っている最中、早池峰山が見えると、よそ見運転となってしまうが、ついつい見てしまう。なんというか、思い入れのある山が見えるだけで、どこか嬉しい気持ちがこみ上げてくる。恐らくこの拝峠の早池峰山遥拝所も、同じ気持ちを持つものが、その信仰心から建てたものだろう。そう、早池峰が見えるだけで感激してしまったのだろう。とにかくこの遥拝所が出来た理由は純粋で、素朴な信仰心からだと思うのだ。]]></description>
      <dc:subject>早池峯遥拝所</dc:subject>
      <dc:creator>dostoev</dc:creator>
      <pubDate>Sat, 25 Aug 2012 19:18:32 +0900</pubDate>
      <dc:date>2012-08-25T19:18:32+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>早池峯の姫神信仰圏</title>
      <link>http://dostoev.exblog.jp/13538460/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://dostoev.exblog.jp/13538460/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201004/26/75/f0075075_17202460.jpg" alt="_f0075075_17202460.jpg" class="IMAGE_MID" height="500" width="500" /></center><br />
瀬織津比咩という姫神を祀る早池峰神社が、遠野の北に鎮座している。その瀬織津比咩を祀る神社が全国でも一番多いのが岩手県となる。その瀬織津比咩を祀る神社の分布を図にまとめてみると、やはり早池峰中心というのかよくわかる。瀬織津比咩という姫神が岩手県に運び込まれたのが養老２年、室根山からであった。やはり、蝦夷の国であったその当時、室根山も含め、その地域に根差す霊山に瀬織津比咩は運び込まれたのだろう。岩手県で一番高い山は岩手山であるが、何故に早池峰に瀬織津比咩が運ばれ祀られたのか？それは地図から見れば一目瞭然で、沿岸をも見渡すように鎮座するのは早池峰を置いて他には無いからだろう。早池峰は、沿岸の漁民達からも山だての山であった。また伝説からも、内陸の地には早池峰を起点とした多くの三女神伝説が残る。とにかく、それだけ岩手県…当時の蝦夷の地として重要な位置を占めたのが早池峰という山であり、信仰の面からも早池峰に祀られた瀬織津比咩という姫神の存在は、重要であったろうと察する事ができる。<br />
<br />
自分は、この瀬織津比咩という姫神に妙見信仰も重なっていると考えていのだが、それは北に鎮座している早池峰という山の存在が大きいのだろう。稗貫郡方面からは東に鎮座する早池峰なのだが、岳の早池峰神社が遠野の早池峰神社に向いているというのは、岳の早池峰神社から拝む事によって一旦、遠野の早池峰神社に赴くという考えなのだろう。つまり、あくまでも”北に鎮座する早池峰”を意識するからこそ、岳の早池峰神社は遠野の早池峰神社を向いて遥拝する。これは、一つの陰陽五行における呪術であろうと思う。壬申の乱に置いて、何故に天武天皇が東の桑名に移動してから近江に攻め入ったのか。それは陰陽五行の方違えの一種であったという。この”方違え”が、大迫は岳の早池峰神社に施されたものだと、自分は考える。そうでなければ、大迫は岳の早池峰神社が、何故に遠野の早池峰神社を向いているのか説明できないからだ。つまりそれだけの意味と霊威を早池峰と瀬織津比咩という姫神が、当時の蝦夷の国に有していたのだろう。<br />
<br />
<br />
<br />
ちなみに画像の地図の表示だが、敢えて遠野の神社は省く事にした。そして、この地図を見て気になるのは、住田町にまったく瀬織津比咩を祀る神社が無い事だ。これは、今後調べる必要があるのだろう…。]]></description>
      <dc:subject>早池峯遥拝所</dc:subject>
      <dc:creator>dostoev</dc:creator>
      <pubDate>Mon, 26 Apr 2010 17:49:54 +0900</pubDate>
      <dc:date>2010-04-26T17:49:54+09:00</dc:date>
    </item>
    <supplier>
      <url>
        <excite>https://www.excite.co.jp/</excite>
        <exblog>https://www.exblog.jp/</exblog>
        <idcenter>https://ssl2.excite.co.jp/</idcenter>
      </url>
    </supplier>
  </channel>
</rss>
