
今から900年前、安倍貞任が前九年の役で源氏の軍勢と戦った時に、
この石を背負って矢を防いだという伝説がある。

ある書物では大川目にあると記されているが、実際は大川目の更に奥の
中野という集落の斉藤某氏宅の脇に立っていて、この集落の人々からは
「立石」と呼ばれている、いつから立っているかわからぬ石なそうである。
見た目は巨大な石碑のようだが、この石には何も刻まれておらず、また形
から盾を思わせるものでもあるので、後で安倍貞任の伝説が付随したもの
と思われる。

全長3メートルはあるのだが、その巨大さから比べると側面は、かなり薄い
造りとなっている。