

ところで空に漂う布切れを見て今では…。
「あっ!一反木綿だ!」
と、冗談半分に言ってしまう…。
昔は空を飛ぶものに神秘性と憧れを持ったようだが、たまたま洗濯して乾かしていたフンドシが、風で宙に舞って飛んでいっても、それをどう見るか?
現代では、神秘性や迷信はとて消え、洗濯物が飛んでいって妖怪をイメージしたり、空想に耽る余裕の無い生活?が現実だ。ただし、一反木綿を目撃した!という人は、3人ほど知っている。1人は作家で、1人は工場勤務。1人は普通の事務員。みんな共通しているのは、空に浮かんでいる布切れが意思を持っているかのように飛んでいるというもの。単に風に舞って浮遊しているわけじゃないみたいだ。
ただ、こういう世の中だから、誰もその話を真実として信用しない。自分だって、その場で目撃したとしても変な飛び方してるなぁ?…一反木綿みたいだなぁ(遊び心で)…で終わってしまいそうだ。多分、多数決の原理でも空中に浮遊する長い布切れを見て妖怪だ!と断言する人が、どれだけいるのだろう?
実は…たまに誰かに体を触れられてドキッ!とする事がある。でも、その瞬間周囲を見ても誰もいない。気のせいか?と思っても、触れられた場所は印象として深く刻まれている。でも誰に言っても信用される筈が無いから、ただ黙っているだけだ。
こういう不思議な体験を堂々と言えない世の中が現代だ。これが平安の世ならば…例え嘘だとしても、真実として伝わるのだろうなと考えてしまう。ただ…2枚の写真に浮遊する、長い布切れは…。
物干しかけている洗濯物が風で飛んだとして、どれだけ高く舞い上がるのだろう?台風や竜巻が起きたらいざ知らず、天候の良い洗濯日和に、このように上空高く舞い上がる布切れがあるのだろうか?上空から落ちてきたというのなら納得?もするが、誰が上空からこういう長い布切れを落とすのだろうか?
この情景を見れば、妖怪信望者はまず「一反木綿だ!」と狂喜乱舞するに違いない。理屈で理解出来ない場合はこれからの時代、迷う事無くその正体を妖怪にしてもいいのだ(^^;