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猿の経立考(神とは「申(さる)」を「示(しめす)」もの。![]() 「遠野物語45」 栃内村の林崎に住む何某と云ふ男、今は五十に近し。十年あまり前の事なり。六角牛山に鹿を撃ちに行き、オキを吹きたりしに、猿の経立あり、之を真の鹿なりと思ひしか、地竹を手にて分けながら、大なる口をあけ嶺の方より下り来れり。肝潰れて笛を吹止めたれば、やがて反れて谷の方へ走り行きたり。 「遠野物語46」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 経立には猿と犬がいる。しかし、ここで思う…なんで、犬と猿だけなのだろう?と。遠野では熊もいて人を化かす狐もいる。他に狸や狢もいて、蛇もいるが、経立と呼ばれるものには、犬と猿だけの限定だ。ここで思い出すのは「犬猿の仲」という言葉。この言葉の由来も含めて、経立を考えてみようと思う。 取り敢えず、猿の経立には長く生きたモノが物の怪に変化するという事。例えば猫ならば長生きした猫の尻尾が二股に分かれて”猫又”という怪猫になってしまう。 この猿の経立もまた、長生きした事による変化なのだが、松脂を毛に塗りたくりその上に砂を付けるというのは、まるで人間の知恵に近づいたものと考える。「遠野物語」にも紹介されているように、猿が娘を盗み去ると記されているが、日本には有名な狒々退治の話が伝わっている。狒々が神として祀られ、生贄を捧げる…。 実は”神”という漢字は、「申(さる)」を「示」して「神」 と書く。これは、古来”カミ”として伝わったものに、後に漢字があてられたものだけど、どうもこの漢字は13世紀頃のようである。つまり、天台宗の比叡山から日吉大社が発信されてからだろうと、推測する。 「桃太郎」では、犬・猿・雉が桃太郎の仲間となって鬼を退治する話であったけど、実はこの「桃太郎」の原型は、鬼が猿に変わり、鬼退治ならぬ猿退治の話であったようだ。陰陽五行で紐解くと、一般的な「桃太郎」は、金気に属する申・酉・戌三匹が仲間となるというのは、桃太郎に財を与えるという意味らしい。これは、後でこじつけて作られた話のようだ。猿を倒す話を、丑寅の方向に棲む絶大的な悪である鬼を倒す事に変更とした理由があったのかもしれない。 ところで「花咲か爺さん」の話がある…。 良いお爺さんが、白い犬に「ここ掘れワンワン」と告げられて掘ると、金銀財宝が出てきたが、それを見ていた悪い爺さんが「その犬を貸せぃ!」と同じ事をしたら、糞尿などが出てきた。それに腹をたてた悪い爺さんは、その犬を殺してしまう…。 実は弥生遺跡からは、犬を食べた骨が多数出てきたと。要は渡来系の人間は、今でもそうだけど犬を食べる文化がある。だから「花咲か爺さん」では、犬と仲の良い爺さんは縄文系で、平気で犬を殺す悪い爺さんは弥生系という意味を含んでいるのでは?という説もある。 ところが縄文系の遺跡からは、猿を食べた跡があるという。山を生活圏とする猿と縄文系の人間は、ことあるごとに争いがあったのではないか?という事らしい。ところが弥生系文化が広がって、山から里へと生活圏が移り、弥生系の人間と猿とは衝突する事が無かったのだという。 狩猟文化にとって必要な犬は、逆に畑などに穴を掘って荒らす存在でもあったようだ。ここで縄文系と弥生系の対立図式が成り立ってしまう。ただし、遠野には川の辺に棲んでいる猿を淵猿という呼び方をしたらしい。それが河童になったという説もあるが… つまり、里にも猿は出没したという事だ。当然、猿特有の悪戯もしただろうし、当然の事ながら作物も荒らしたのだと思う…。 日本に文明開化は、2度行われた。有名なのは明治維新での文明開化。そしてもう一つは、大化の改新による文明開化。 古き神々を祀っていた日本国に仏教が伝来され、また中国の良い文化も導入されて、国としての形が整ってきた時に中国へと行った…。しかし、中国側には国と否定され、その後聖徳太子は憲法を定めるなどし、更に国として認めて貰う為、山々へと侵攻し木々を伐採し、一挙に寺院建設を行ってしま った。 明治は江戸の町が一気に西欧の町並みに変わったように、大化の改新後の日本では、古来の神々を祀る町から、一気に仏教の町に変貌してしまった。それだけ極端な町作りが、文明開化だった。ただしその弊害があり、山を侵攻し木々を切った為に、水害が多発したらしい。 森は大あらきの森。しのびの森。ここひの森。木枯しの森。信太の森。生田の森。小幡の森。うつきの森。きく田の森。岩瀬の森。立ち聞きの森。常磐の森。くつろぎの森。神南備の森。うたたねの森。うきたの森。うへつきの森。いはたの森。たれその森。かそたての森。かうたての森というが耳にとまるこそ、まずあやしけれ。森などいふべくもあらず、ただ一木あるを、何ごとにつけたるぞ。 清少納言の「枕草子」
鎮守の杜というように、木々が沢山生い茂っている森であったのが、平安当時に、木は一本しかない鎮守の杜もあったようだ。それを憂いて、清少納言は書き綴ったのかもしれない。それから平安の後期には、山の木の伐採禁止令が出たそうである。その伐採禁止令が解かれるのが、明治時代の天皇が詠んだ歌に起因する。 狼のすむてふ山の奥までもひらけるかぎりひらきてしがな この歌により、平安後期に発布された山の木々の伐採禁止令が解かれ、日本人は再び山へと侵攻し始めた。現代、山の木々が伐採されて熊が里に下りてきている。山々は、伐採された禿山と植林された杉の木が多い為、ブナの実を食べる熊などの餌が無くなった為だ。つまり、弥生と呼ばれる時代に人間と猿の対立という図式は無かったのだが、この文明開化により人々が山へと侵攻し、猿の餌場を荒らした為に、猿はどうやら里へと降りてきたらしい。 陰陽五行で紐解くと、申ってのは複雑で「水の三合」に属して、水を発生させるものでもある。元々は金気に属し、木を切り倒す者でもあるけど、水気にも属するので木々に栄養分を与える役目も担っているのが、申。ただ金は水を発生させるので、理解は容易い。土生金と考えれば、山は猿を生み出した…。 土剋水と考えれば、猿は山に負けてしまうので棲めなくなるが、猿の生活圏はあくまで樹上。木は山の栄養分を吸い取る存在で、木剋土となり、山の支配者。その木を支配する猿は山の最もたる支配者の位置になってしまう。その山を支配する猿が里に降りてくるというのは、神の降臨を意識したのかもしれない。 山そのものは異界であり、死者の行き着くところという山岳信仰にも通じる。その山と里を行き来する猿に対して、人々は畏怖したのかもしれない。それに加え、前述した日吉大社の信仰が広がり、庚申信仰の普及と共に”猿神”という意識が確立されたのかも…。ロシアでは「熊のミーシャ」と、熊に対しての愛着の表現がある。ロシアで熊というのは、人間が魔法によって姿を変えられたものだという意識があるという。だからロシア人は「小熊のミーシャ」正式には「ミハイロ・ イワーヌイチ・トプトゥイギン」という長い名前が付いている。 これはキリスト教の影響を受けた民族の場合、人間と他の生物の間には交流が無く、人間以外の動物は格が下でという事らしい。だから、ロシアでは特別な目で見られている熊に対しては、元々人間が何等かの魔法にかかり、熊になってしまったものだとしている。 だから「美女と野獣」という物語が生まれてしまう。魔法が解けると、どんな獣でも人間に変わってしまう。逆に言えば、元々動物などは言葉などは話さず、単なる獲物及び人の生活を脅かす厄介な存在として意識されているだけだ。ところが仏教圏では、人と獣は等しく生命を持ち、輪廻転生があり得るのだと説かれている。つまり、前世は獣だった、もしくは来世は獣になってしまうという意識が仏教圏には存在し、当然人間と獣の間には交流もあるのだという意識は根強く残っていたみたいだ。 それ故に「異類婚」と呼ばれる、人間と動物との婚姻の話は日本で多くの話を残している。要は妊娠のシステムが解明されていない時代、人間以外の獣と交わっても子供は生まれるものだという意識から「異類婚」が生まれたものだろう。 これは古代人の恐怖によるもので、女性が異界である山に棲む何者かに犯されてしまうのでは?という事から、どうも姿形が人間に似通っている”猿”が、その代表だったようだ。これは中国でも、美しい女性をさらい交わってしまう妖猿の話がある事から、もしかしてやはりこの意識も中国から渡っ てきたものかもしれない。 日本の古来から女人禁制の山は、かなり数を示してきた。これはこういう女性の妊娠を不可解なものから防ぐという意味からどうも女人禁制とした山々が増えたらしい。猿は申。神という漢字は申を示すというのは前述したのだけど、やはり猿田彦に通じるようだ。猿は、戯るが語源だとも聞いた事があるけれど、これは人間の動作を模倣し、人をからかう存在としての戯る(猿)。 猿田彦は道案内の神でもあるが、これは山という異界へと導く存在が猿だと考えると、天宇受売神の色気に負けてしまい、その後、婚姻を果たしてしまうというののはやはり、猿に対する人身御供としての若い女というのは単なる生贄ではなく、猿を押さえるという呪法ではなかったのか? ところで、女性と交わるというと古来から蛇がいる。蛇の姿が男根の象徴となっており、昔話でも厠に潜んでいて、女陰に侵入するという話や、倭迹迹日百襲姫命(やまとととびももそひめのみこと)と交わった大物主神…実は蛇との話などなど…。 妊娠のシステムがわからない時代の女性というものは、魔性と交わる存在。だからこそ、女性はシャーマンなどの交信するという、神秘性を伴う立場に祭り上げられたのかもしれないなぁ。
by dostoev
| 2007-03-30 08:37
| 民俗学雑記
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