


滋覚大師の伝説が発生し、850年頃に遠野七観音が作られたという。それと共に、七つの井戸の伝説もまた伝わっている。この七つの井戸で七観音を洗ったと伝わっている。七つの井戸といえば、小野篁の伝説が有名だ。小野篁の時代は805年なので、その伝説が遠野まで伝わってできたのが、遠野七観音なのかもしれない。ただし、どういう意味を持って?と考えると、憶測の域はでないのであるが…。
井戸は冥界に通じているという話の他に、井戸に人形を投げて呪い放つという意味もまたある。冥界に通じる七つの井戸水により仏像を清めて、遠野の七箇所へと分散して奉ったといえば聞こえが良いが、当時の遠野は朝廷にとっての鬼門の地の筈であるが…。
青森の北斗七星型に建立された神社が鬼門を押さえる為にできあがった事を考え合わせると、遠野もまた封印する為の七観音という考え方もまたできる。呪法を永続的にする為には庶民の信仰心を利用するというのが手段であった過去の例から考えると、滋覚大師の伝説はでっち上げで、実は鬼門の地である区域を呪法によって未来永劫押さえる意図から、遠野七観音が作られたと考えても不思議ではない。ただし、実際は遠野七観音ではなく、四観音からのスタートで、江戸時代頃から三つの観音を足し、遠野七観音として確立されたという説もあるので、ヘタな事も考えるわけにはいかないが…。