「遠野今昔 第二集」佐藤和蔵「巌龍神社と周辺の神々」には、不思議な事が書かれていた。巌流神社本殿上手には巨杉があったが、台風で倒れてしまったらしい。その巨杉の傍らに、元お伊勢様とも、駒形神社とも伝えられた祠があったらしい。それを大正時代の後期に忠魂碑の下手に移して、今は八幡神社として祀っていると。一般的な八幡神社に祀られる神とはまったく違う。それなのに何故に八幡神社としたのかは不明。

社の内部を覗いてみた。棟札が見えたので、カメラで撮影して確認すると
「罔象女神」と
「五帝龍神」とあり、やはり一般的な八幡神社とは関係ない。

しかし社の表には、しっかりと「八幡神社」と記されている。この「遠野今昔 第二集」を読むまで、まったく気付かなかった。

八幡神社の社の背後を見ると
「馬魂碑」と
「早池峯大神」と刻まれた碑が並んでいる。この八幡神社を祀ったきっかけは、元伊勢の神か駒形神という事だが、この石碑が関係している可能性も考えた。元伊勢の神に関して書けば長くなるので今回は省くが、早池峯大神に関係するのが元伊勢の神である事から、この社はまた違う形で紹介したい。
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