
宮の家が鶯崎に住んでいた頃、愛宕山には今の倉掘家の先祖が住んでいた。ある日倉堀の方の者が御器洗場に出ていると、鮭の皮が流れて来た。これは鶯崎に何か変事がるに相違ないと言って、さっそく船を仕立てて出かけてその危難を救った。そんな事からこの宮家では、後々永く鮭の魚は決して食わなかった。
「遠野物語拾遺139」
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卯子酉神社の以前は、倉掘神社であった。その倉掘神社の別当は、倉掘氏。この倉掘という姓は稀有であり、全国にもそう多くはない。宮氏は、阿曽沼氏の家系だと訴えていたが、倉掘氏が同様なのかは定かではない。ただ倉掘氏の姓の発生は不明な様だが、もしかして栃木県に二ヶ所ほどある"倉骨"という地名から来ているのではないか?という説もある。阿曽沼氏が栃木県の氏族であった事からも、可能性としては否定できないだろう。また、愛宕山に住んでいた倉掘氏であったが、愛宕山は館跡ではないか?などの話も聞いた事がある。そういう意味では、倉掘氏の"堀"は、館跡の堀を意図していたのだろうか。ただ倉(くら)という言葉には、
「神が籠る場所」という意味がある。また
「暗い」という意味にも通じる場所でもある。また堀は、
"掘る"という動詞から始まり、城などの「堀」に繋がる言葉だが、「掘る」とは
「地面に穴をあける。」「掘って埋める。」「掘って取り出す。」という意味である。簡単に言葉を組み合わせれば
「穴を掘って神を埋める」という意にもなる。

昭和時代、メガネ橋の補修工事の時に、橋の袂からお歯黒をした女性の古い骨が見つかったそうだ。もしかして人柱にあった女性の骨か?とも云われた様だが、深くは検証しなかったようだ。ただ人柱は、未婚の女性がなるものというイメージがあった為に、何故お歯黒の女性が?という疑問はあったらしい。ところで
「平家物語」には、嫉妬に狂った女が貴船神社に祈願し、丑の刻参りをした。その牛の刻参りとは、三七日間(二十一日間)に渡り川に浸るというもの。その時の描写に
「歯は鉄で黒く染まっていた」と記されている。調べてみると、お歯黒の初期は、草木や果実で染めていた様だが、後に鉄片を酢に浸したものを使用するようになったと云う。
この「平家物語」の女性が、橋姫と云われるのはさて置いて、夫の浮気に嫉妬した女性の狂気を描いている。つまり既婚である事から、これをメガネ橋のお歯黒の女性に当て嵌めると、橋という"あの世とこの世を渡す境界"の下を流れる川に浸かったまま死んだ女性とも見る事が出来る。ただ通常であれば、川の流れに体が流されてしまうので、やはり人柱として橋の袂に埋められたか、もくは自ら望んだ入定の様なものであった可能性もある。平安末期、末法思想が広がった世の中で、坊さんたちは挙って火中入定、水中入定、土中入定を行った。中には、やるやると言ってやらなかった坊さんも多数いたようだが、入定する事によって浄土を目指す精神であり意識は、一つの呪術に近いものがある。またそれが悪意を持つ場合は、それは自分の怨念をそこに籠らせるという事。先に倉の意味には、影であり、神が籠る場所というものと同じである。昔観た映画に「ヘルハウス」というものがあった。ある屋敷に、その屋敷の主が特別な一室に怨念をもったまま籠って死に、その怨念が後の世にも、ずっと屋敷内に発動し怪奇現象を行うというもの。これは日本映画の「呪怨」も、また似た様な考えから制作されたものだろう。つまり、俗に云う地縛霊、自縛思念だ。橋姫神社が、橋の袂に男女二神を祀った事から始まったのは人柱からだったが、自ら入る場合は、「平家物語」の橋姫の行動と同じで、怨念を伴うもの。事実はどうかはわからぬが、この様な可能性も否定できないだろう。
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