
神社の昔は、基本的に祟り神を祀る場所でもあった。御利益というものは無く、ただ神に対して祟らないでくださいという懇願の場所。この祟りとは、自然災害に関するものであり大雨、落雷、日照り、地震などの災害は、神の怒りと考えられた時代の事だった。しかし平安時代辺りから、もっと参拝客を増やし利益を得ようと、この神様には、この様な御利益があると宣伝し、人を集めるようになった。しかしそれ以外にも、神社に人を呼び、その地を多くの人で踏み締め固めるという意図も神社側にはあった。例えば、青森の神社の下には、蕨手刀が埋められていたのは、多くの人を神社に呼び込んで踏み固め、蝦夷の蜂起を抑える為の呪術でもあったようだ。これは相撲の四股と同じで、踏み固める事により、大地の邪悪な霊を鎮める効果。あるいは、眠っている大地を目覚めさせ、豊作を期待する効果。または、多くの魂と触れさせるなどがある。とにかく神社に人を呼び込むその背景には、いろいろな意図が含まれる場合がある。
遠野の町の愛宕山の下に、卯子酉様の祠がある。その傍の小池には片葉の蘆を生ずる。昔はここが大きな淵であって、その淵の主に願を掛けると、不思議に男女の縁が結ばれた。また信心の者には、時々淵の主が姿を見せたともいっている。
「遠野物語拾遺35」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー卯子酉神社の御利益は、男女の縁が結ばれるというもの。それが信じられ、この現代でも続いている。ただ以前に書いたのだが、江戸時代以降の遠野の町人は、縁結びを多賀神社に求めた。多賀神社の祭神が、伊弉諾と伊弉弥という、わかりやすい夫婦神というのもあったのだろう。だが多賀神社の本山でもある滋賀県の多賀大社の記録には、遠野の多賀神社に分霊されたのは、伊弉諾と罔象女神となっている。
遠野の多賀神社の信仰は、古老に聞くところによると水の信仰から始まったようだ。多賀神社の境内には、今では涸れつつあり汚れてはいいるが、水が湛えられている場所が一か所ある。その涌き出た神水が、この多賀神社の根源ではないかという事だが、何故か現在の祭神は通常通りの伊弉諾、伊弉弥となっているのは、祭神が変更されたという事だろうか。とにかく、多賀神社と卯子酉神社の共通する縁結びの神とは、水神という事になってしまう。
天保十四年、遠野の猿ヶ石川の氾濫の防御の為に、水神の碑が祀られ建てられた。またその時に松が沢山植えられた為に、愛宕神社の麓である猿ヶ石川沿いは松原と今でも呼ばれている。その松原の地である愛宕橋の入り口脇に、画像の水神の碑が建てられているのだが、何故に罔象女神を祀ったかというのも、元々この倉堀神社に罔象女神が祀られていたのに呼応した為であったようだ。また、多賀神社にも罔象女神が祀られていたのもあるのだろう。要は、この遠野の町に沿って流れる猿ヶ石川には、罔象女神が祀られたという事。この石碑には「罔象女神無量 祓水災四海波」と刻まれているが、要約すれば「罔象女神は、はかる事の出来ぬ大きな存在であり、水災を祓い天下泰平となるだろう。」という意になる。こまで罔象女神を称える意とは、なんであろうか。安倍氏の末裔の所持していた「遠藤文書」によれば、この罔象女神は「速秋津日売、此御神者水門也。亦罔象女の神とも奉申也。」と記されている。つまり、祓戸神という事。「大祓祝詞」の流れを猿ヶ石川に当て嵌めて見れば、早池峯の神が源流神であり、罔象女神が水門という事は、川と海の境界。卯子酉神社の地であり、愛宕山の麓には石碑群がある。つまり、それは遠野との境界に位置するのが、卯子酉神社である。 
また、卯子酉神社と愛宕山の上に聳えるのは、桧沢山である。この桧沢山は、遠野綾織三山の一つであり、死の境界を彷徨う魂を現世に戻してくれるという俗信が伝わる。つまり綾織に住む人にとっての、魂の行き着く場所であり、魂の復活場所として信じられてきた。思えば、今では観光スポットの一つとなる五百羅漢があるのも、そういう意味を含んでのものであるのだろう。ともかく、この桧沢山の麓をも含むそのものが、あの世との境界と信じられていたようだ。
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