
平成になった頃、まだ座敷ワラシ人形が世間に広まる以前、常連のお客が「座敷ワラシ人形が欲しい。」と言って、正月に泊った事がある。1月3日の事だったろうか、ともかく座敷ワラシ人形を求めて客を連れて早池峯神社へと行ってきた。早池峯神社へと電話で確認したところ、去年の売れ残りが二体残っているのだと。そのどちらかを購入する為に、早池峯神社へと。座敷ワラシ人形が、注目され出したのは、やはりバブル崩壊からであろうか。不景気風が吹きまくる中、藁をもすがる想いで、富をもたらすとも云われる座敷ワラシ人形に飛びつくのは当然の事であったか。
現在、座敷ワラシ人形は、申込みが殺到している為に、まず手に入らない。また、今まで制作していた人形師が、もう人形を作る事が出来なくなったのも重なり、座敷ワラシ人形を求める狂想曲は、いつまで続くのであろうか。
ところで、土曜日に客を連れて早池峯神社へ行き、社務所で御朱印を戴いた時、ふと床の間を見た。そこに座敷ワラシ人形が坐しており、その手前に御神酒が置かれていた。初めに書いた様に平成になった頃、座敷ワラシ人形二体のどちらかを求めて行った時、宮司さんの言葉が思い出された。「毎日、御神酒か御水をあげてください。」と。それを聞き、自分には無理だなと思ってしまった。家には猫がいるが、遊び回って来た猫が帰って来ると「ニャア!(めし!)」と鳴くので、猫に餌をやるのを忘れていても、語りかける猫の要求通りに餌を与える事ができる。しかし、人形は話してくれない。仕事などで忙しい時は、御神酒を捧げるのを忘れてしまいそうだと思った。神社の神職さん達は、言葉を発しない神々に対して、それを毎日の日課としてお勤めしているのは、仕事のせいなのか、神に仕える者が神と一体になっている為なのか。ともかく、自分には出来ない事だと思ってしまった。もしも自分が座敷ワラシ人形を手にしてしたとしても、不作法が続いて座敷ワラシ人形から、魂は逃げ出してしまうだとうと感じてしまう。そうなった後に、悲惨な生活が待っているのなら、初めから座敷ワラシ人形求めない方が良かったと思うのだろう。とにかく自分は、座敷ワラシ人形を手に入れるのが、心のどこかで怖いのだと感じているようだ。
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