遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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お伊勢参りの禁忌

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太平の世となった江戸時代、遠野でもそうだったがお伊勢参りが盛んとなった。村々でお伊勢講が組まれ、村を代表してお伊勢参りへ行くのは男でもあった。それには、民間に流布した「三世相大全」にも影響されたようである。 その「三世相大全」には「祖先尊崇の観念から、男たるもの、一生に一度は伊勢参宮をせねばならぬ。」などと記されていたようである。遠野の民百姓だけでなく、当然南部藩の家臣たちもお伊勢参りへと参詣したようだ。

「遠野旧事記」によれば、南部直栄・南部義長の頃までは、家臣がお伊勢参りを願いあげると暇を貰ったそうである。ただその際、お伊勢参りのついでに他所へも足を延ばして巡って来る為、予定の帰国時期をはるかにオーバーして帰ってくる者が多かったようだ。その為か、鷹木道庸という老医師がお伊勢参りの為に、暇を願い出た時に南部義長は「先だって行った者の中に、上方に長く留まって来た者がいたので内々叱っておいた。参宮を口実に、自分の慰みの為に御奉公を疎かにするのは、神明の冥慮にも反する事。今後、伊勢参宮を願い出る者は、非番の日数の中で行うように。もしそれが出来ない様であれば、盛岡・遠野にも神明勧請のお宮があるのだから、そこへお参りしても願いは適うのでる。」と言い放ったようである。

「男たるもの、一生に一度は…。」と嬉しい名目を得た男連中は、お伊勢参りのついでに女遊びをする者達が多かったようである。それを察してなのか、下記の様な御達しが流布したのだった。

「伊勢両宮は恐惶も吾朝の宗廟にして、平人軽々しく参宮すべき宮居にあらず。もし参宮せんと思はば身を清浄にして、道中にて、仮にも穢れたる事を成すべからず。」

お伊勢参りへは全国から参宮客が集まる為に、かなりの賑わいをみせたようである。そしてその殆どが男連中であった為に、それを狙った女達も多かった。喜多村信節による江戸風俗を知る随筆「嬉遊笑覧」には、こう記されている。「ことし文政十三年、おかげで参りはやり、従来にて釣台に人をのせて通りしは、男女交接して離れざる者を担ぎ行くなりと専ら風聞あり。」とある。所謂"膣痙攣"の出来事であるが、これから更に風聞が広がりを見せ、伊勢参りをしている最中に男も、留守を預かる妻も、不義をすると神罰により"身体が離れなくなる"と信じられたようだ。しかしそれでも男達は、宿を共にした傀儡女などの遊び女と夜を共にする。恐らく、傀儡女達は神に仕える事から、男と交わるのを神婚としてきた。男もまた、これは不実ではなく神と一体になる神事であると、屁理屈を正当化して納得していたようである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
附馬牛村から伊勢参宮に立つ者があると、その年は凶作であるといい、
これをはなはだ忌む。大正二年にもそ事があったが、果して凶作であ
ったという。また松崎村から正月の田植踊が出ると、餓死(凶作)が
あるといって嫌う。

                     「遠野物語拾遺148」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この「遠野物語拾遺148」はもしかして、附馬牛村の男共が毎年不実を繰り返した為の神罰であったか(笑)



by dostoev | 2018-07-09 18:01 | 民俗学雑記
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