遠野市小友町の長野には、菊池の姓を持つ家が30、40件はあると云う。その菊池の大本家に、見ると目が潰れる、もしくは祟られるモノがあると伝わる。眼が潰れる、もしくは見えなくなると伝わるものに「遠野物語拾遺141」で紹介される宮家の開けぬ箱というものがある。
宮家には開けぬ箱というものがあった。開けると眼が潰れるという先祖以来の厳しい戒めがあったが、今の代の主人はおれは眼がつぶれてもよいからと言って、三重になっている箱を段々に開いて見た。そうすると中にはただ市松紋様のようなかたのある布片が、一枚入っていただけであったそうな。
「遠野物語拾遺141」
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また他に別に汀家に伝わる「開けぬ箱」というのがある。これは、中に阿曽沼家の家紋を纏う者が、南部家の家紋を斬るという絵柄が入った紙が一枚入っていただけであったという。当然それが南部時代に開けられ広まれば、御家取り潰しとなったのだろう。その為の禁忌として「眼が潰れる」などと伝えたのかもしれない。恐らく宮家もまた、阿曽沼氏に仕える身であった事から、汀家と同じ様なものではなかっただろうか。そして、この宮家も汀家も、どちらも遠野町に属している。ところが小友町の長野の菊池家に伝わるものは、それらしい雰囲気を醸していない。だいたい箱に入っているモノなのか、どうかさえわかっていない。実際に、この菊池の大本家は昔、それを見た為か、相当に栄えた家であったが、それに祟られ死に絶えてしまったと云う。その菊池の大本家が祀る神社に、堂場沢稲荷がある。現在は、その別家が別当をしているそうである。堂場沢稲荷は、急坂を20分程度登って行く小高い山にある。その社を開けて中を見ると、片目の狐像があるので、ゾッとする。
そして社の外には不思議な岩がある。一つは奇妙な形の石があるが、それは鹿除けの石とされ、別名「シシボ稲荷石」とも云われる。
この岩穴は不思議な岩穴とも呼ばれ、なんでも、そこに物を投げ入れると、戻ってくるとか、穴に向かって呼びかけると返事が返ってくるなどと云われている。これは以前、諏訪での「御室神事」に関係するもので、蛇と繋がりの深いものではないかと考えた。そしてもう一つ加えれば、もしかして竜宮の入り口を意図した岩では無いかという事。山中他界という言葉があるが、竜宮の入り口が山中にある話は、全国にある。
これら奇妙な石も含めて管理している小友町の菊池家は恐らく、採掘・治金に長けた一族であったのだろうか。稲荷信仰もまた鋳也(イナリ)という蹈鞴系に信仰されるものである事から、あるモノを見ると目が潰れるという伝承は、宮家や汀家のものとは違い、一つ目伝承に重なるものではなかろうか。
貞任山には昔一つ眼に一本足の怪物がいた。旗屋の縫という狩人が行って
これを退治した。その頃はこの山の付近が一面の深い林であったが、後に
鉱山が盛んになってその木は大方伐られてしまった。
「遠野物語拾遺96」
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この「遠野物語拾遺96」の舞台になった貞任山へは、堂場沢伝いに歩けば、辿り着く事が出来る。もしかしてだが、「遠野物語拾遺96」に登場する一つ眼一本足の怪物と、この堂場沢金山などを管理した菊池氏とは、「見ると目が潰れる、祟られる。」の伝承も含め、何等かの繋がりがあるのではなかろうか。大本家が"それ"を見た事による祟りによって栄えた家が死に絶えたという事であるが、恐らくこれは金山の衰退によるものだろうと思われる。貞任山の南に男火山と女火山が聳えているが、この三山で野タタラが行われていたとも聞く。古いタタラ勢力と、新しいタタラ勢力の戦いが「遠野物語拾遺96」であった可能性もあるが、いずれにせよ金の埋蔵が枯渇すれば、全ては無くなってしまう。採掘によって繁栄した菊池家の大本家が死に絶えたのは、そういう流れであったのだろう。眼が潰れるとは、金の埋蔵の枯渇を意味したのではなかろうか。