遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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黒白

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この地方では清水のハヤリ神が処方々に出現して、人気を集めることがしばしばある。佐々木君幼少の頃、土淵村字栃内の鍋割という所の岩根から、一夜にして清水が湧き出てハヤリ神となったことがある。

また今から十二、三年前にも、栃内のチタノカクチという所で、杉の大木の根元から一夜のうちに清水が湧き出で、この泉が万病に効くというので日に百人近い参詣人があった。その水を汲んで浴場まで建てて一時流行したが、二、三か月で人気が無くなった。五、六年前には松崎村の天狗ヶ森という山の麓に清水が湧きだしているのを、附馬牛村の虎八爺という老人が見つけ、これには黒蛇の霊験があると言いふらして大評判をとった。この時も参詣人が日に百人を越えたという。


                     「遠野物語拾遺44」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
佐々木君の友人で宮本某という人は土木業の監督をしているが、この人も行ってこの清水を拝んだと言う。その話に、泉の水を筆に含ませて白紙に文字を書くと、他の文字は書いてもよく読み難いが、ただ一つ早池峯大神と書く時だけは、少しも紙に水が散らないで、文字も明瞭に美しい。故にこのハヤリ神は早池峯山の神様に縁りがあるのだろうと。事実、虎八爺も最初は黒蛇大明神云々と声を張上げて祈祷をしていたのだが、後には早池峯大神云々と言っていたそうである。

                     「遠野物語拾遺46」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
赤坂憲雄「遠野/物語(第四章 色彩考 黒の世界)」を読むと、髪の色も肌の色も黒蛇も一緒くたにして紹介している事が気になっていた。自然の黒髪や、日に焼けての肌色と、神の使いである蛇を同列で考えてはいけないだろう。赤坂氏は、黒蛇をこう言い表している。「黒い蛇が神々の一類であることはたしかであれ、それは所詮、かぎりなく下級のいかがわしい神にすぎなかった。」と。「遠野物語」で印象になったという黒色から簡単に考えたのだろうが、黒蛇についての深い掘り下げも必要であっただろうと思う。

現代においての黒色は、どこか不吉なイメージがある。道路を横切る黒猫は不吉だという俗信や、黒いカラスの鳴声が死人が出るものとされる俗信などがあるのはやはり、葬式で張り出す黒白の幕の影響もあったのではなかろうか。その葬式の時に張る幕は、鯨幕と云い鯨の色合いから命名され、大正時代から広まったようだ。そして仏教側から言えば、黒は僧侶を意味し、白色は俗人を意味する事から黒白幕は、その意味も汲み取ってのものだろうか。また別の俗信では、黒は闇を表し、白色は死人の白装束を表す。その為、葬式の時に白い服を着る事が禁忌になっているのは、死者が白い服を着た者を仲間だと思い、葬儀の場から立ち去らずに成仏できないからだという俗信もある。
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伏見稲荷社の神符には、黒狐と白狐が描かれている。これは吉兆としての、黒狐と白狐として表現されている。ただし黒狐は、正式には"玄人・素人"の玄をあてての玄狐と書き表す。この「玄」を使用した、黒白の意味を持つ名前の有名人がいる。それは江戸時代の蘭学医である、杉田玄白となる。杉田玄白の名前は凶兆ではなく、吉兆から付けられた名前だった。とにかく黒白が、どこか不吉と考えられるようになったのは、現代になってからのようである。

ところで伏見稲荷の神符での蛇は、黒蛇はおらずに、どちらも白蛇となっている。これは宇迦御魂命の「宇迦」とは梵語で「白蛇」を意味するからだ。その為に、蛇も黒蛇と白蛇がいれば吉兆となる筈だろうが、そうは出来なかった。ここで考えたいのは冒頭の「遠野物語拾遺」に記されている黒蛇とは何かという事。動物として、黒の代名詞となるのは、やはりカラスだろう。神武天皇などを導いた黒いカラスは、どこか生へと導いているように思える。逆に、ヤマトタケルが死して白鳥になって飛んで行くくだりは、死へと導いているかのよう。
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折口信夫は「ものが生れ出る時には、すべて装飾を真白にしなければ、生れ出ない…。」と述べている。宮田登「ヒメの民俗学」によれば、白色は生と死の二つの面を両義的に表現すると考えている。「紫式部日記」で中宮彰子の出産の際「白き御帳にうつらせ給ふ」と、壁も全て白い産室に入った話は、白山と称する建造物に入る古儀に基づくものであったとしている。それは恐らく、疑似白山登拝であったとされる。白は浄化の色でもあったようだ。そこには死から生への転化が存在する。それ故、死んだヤマトタケルの魂は白鳥によって死へと導かれ、新たに生へと転化する役割としての白鳥であった。宮田登によれば、白色は女性の色でもあるかのような発言をしている。考えてみれば、歴代の元号の採用に、白い亀が献上され、神亀・霊亀などと元号が変更されている。白雉も、そのまま白い雉が献上された為の元号だ。つまり歴代の天皇は、黒色では無く白色を吉兆として意識していたのには、女性を意識していたのかもしれない…。
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日本で色を強く認識し始めたのは、恐らく陰陽五行が伝わってからではなかろうか。紀元前から銅鏡に刻まれる言葉の多くに「朱鳥と玄武は陰陽を順う」というものがある。朱鳥は南で、玄武は北。「日本書紀」によれば、大海人皇子であった天武天皇は、天文遁甲に長けていたと記されている。天文遁甲とは陰陽道であり、つまり陰陽五行となる。また天武天皇は、自らを後漢の高祖になぞらえていた。古代中国の皇帝の玉座は南とされている。だからこそ天武天皇もそれにならって、自らは南の朱鳥に坐し、元号を朱鳥としたのだと思われる。そして天武天皇は、不動の北を重視して陰陽を調えようとしたのだろう。北は、玄武である。ここで先の白い亀の献上による元号の変更を考えれば、白色は女の色である事を踏まえ、男であり"陽"である天皇は、"陰"である女性的なものを尊重する事により、陰陽を調えようと考えた事からの、元号変更ではなかったか?

ところで漠然とした北という方位を示すものは、星であり山であった。そして陰陽五行によれば、北の色は、黒色となる。「山(ヤマ)」の語源が様々ある中、自分が引かれるものに「山は水である。」という説がある。山はラマの転訛であり、「ラマ」とは「lama」即ち「ラマ教」から来ているのだと。「la」は「生命の根源」を意味し「ma」は「託すもの」の意。生命の根源は水であり、それを託す存在が山であるとなったとしている。山そのものが生命の根源であるという考えは、かなり納得するものである。山は、獣や樹木を生み出していると古代から信じられていた。また人々に恵みを与えたり、人に災いをもたらす川の水を生み出すのもまた山である。陰陽五行においての北であり黒色は「水気」を意味する。その水気に関わる生き物とは蛇であり、龍と認識されていた。

「遠野物語拾遺44」と「遠野物語拾遺46」に登場するハヤリ神は北を向き天ヶ森を水源としており、調べると天ヶ森と荒屋の沼御前と連動しているのがわかる。この沼御前の大元は、早池峯の神となる事から「遠野物語拾遺44」の虎八爺が黒蛇の霊験があると言いふらしたのは間違いではない。その後に黒蛇大明神から早池峯大神に変えたのは、その方が明確でもあった為だと思われる。黒蛇という種類の蛇は、遠野にはいない。恐らく虎八爺は、吉兆の意味で黒色と水からの連想で蛇が思い浮かび、黒蛇の霊験と言ったのだと想像できる。しかし、その土地の伝承からは早池峯山の影響が色濃く感じてはいたのだろう。だからこそ、黒蛇大明神から早池峯大神への変更には、疑問を持たなかったと思われる。あくまで黒蛇は、北に聳える山神の使いである。その本地が早池峯大神であれば、それを自然に唱えるのが普通であろう。黒と白という、両極端な色を説明するには、あまりにも簡単に書いてしまったが、黒色と白色に対する認識が時代と共に変化し、様々なものが加わっているようでもある為に、全ての説明は出来ない。例えば、左と右の使用法は、神と庶民で別れてしまうと同じに、黒色と白色もまた、場合によって変化してしまう。そんな黒色と白色を「遠野物語」「遠野物語拾遺」だけで考えてしまうという事自体が、無謀であるのは理解できる。だからいつかまた、この黒色と白色を取り上げて考えてみたいものである。
by dostoev | 2017-12-08 18:29 | 民俗学雑記 | Comments(0)
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