附馬牛村東禅寺の常福院に、昔無尽和尚の時に用いられたという大釜がある。無尽は碩徳の師家であって、不断二百余人の雲水が随従してたので、いつもこの釜で粥などを煮ていたものであるという。初には夫婦釜といって二つの釜があった。
東禅寺が盛岡の城下へ移された時、この釜は持って行かれるのを厭がって、夜々異様の唸り声を立てて、本堂をごろごろと転げまわった。いよいよ担ぎ出そうとすると、幾人がかりでも動かぬ程重くなった。それも雌釜の方だけはとうとう担ぎ挙げられて、同じ村の大萩という処まで行ったが、後に残った雄釜を恋しがって鳴出し、人夫をよろよろと後戻りをさせるので、気味が悪くなってしばらく地上に置くと、そのまま唸りながら前の淵へ入ってしまった。それでその一つだけは今でもこの淵の底に沈んでいるのだそうな。
「遠野物語拾遺」22話
この釜は雄釜で、2度の火災により変形しているのだという。
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-2613772"
hx-vals='{"url":"https:\/\/dostoev.exblog.jp\/2613772\/","__csrf_value":"9de9d5407fe1b0b41451467cb837cec257c45fffaa5fd69549ee0b4d27a1a2eac763837eaff12997c870bf9aeaa9bd2059820026d040a6d25461e0a661dca6d5"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">