上郷の某部落に、或る日一人の若い女が迷うて来た。その懐には乳飲み子を抱いていて、部落の家々に立ち寄って、
「何か仕事をさせてください。食べ物を一椀めぐんでください。」
と願って歩いたが、どこの家も女の願いを聞いてやる事が出来なかった。そうして村人は、女を気仙道の方へ連れて行って放してやった。翌日になって見ると、赤羽根峠という山の麓にその女が死んでいた。そうして口には、懐の乳飲み子の細い腕を二口ばかり食いきって、飲み下す事も出来ずに、そのまま肉塊を口に含んでおったという事である。
佐々木喜善「遠野奇談」より
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画像は、ルーベンス「我が子を食らうサトゥルヌス」。食べる事が出来ず、生きる望みも失った絶望感から我が子を喰らってしまった女。しかし、更なる絶望を与えたのは、我が子を喰らってしまったという事であろう。そのショックも相まって、女は絶命してしまったのか。