
この根田茂神社は、遠野側から見た場合、早池峯の左斜め後ろに鎮座する神社となる。現在、岩手神社庁の記載によれば、祭神が
弥都波能売神となっているが、明治10年に編纂された
「巌手懸管轄誌」によれば
「根田茂神社 村社、瀬織都姫命ヲ祭ル、勧請年月日詳ナラス、祭日九月十五日」とあり、明治時代には瀬織津比咩であったのが理解できる。

この根田茂神社のすぐ傍には、根田茂川が流れている。その川の流れを引いて、農業用水として利用しているのだろう、川の周辺にいくつもの田畑が見受けられる。ところで弥都波能売神の「ミツハ」とは、水走で、禊の水の迸る様だとされ、それが水路と結び付き、農業用水の巡る地域に弥都波能売神を祀る神社がよくある。
折口信夫「水の女」によれば、ミヌマ・ミツハ・ミツマ・ミヌメ・ミルメ・ヒヌマなどは水神の総称であるようだ。そして、これらの語源の発生が禊からきている為に、穢祓神である瀬織津比咩とも結び付く。だからといって、弥都波能売神・罔象女神が全て瀬織津比咩かと言えば、そうではない。先に述べた様に、農業用水の安定を願って、初めから水路の神であろう弥都波能売神を勧請したものもあり、全てが瀬織津比咩に結び付くわけではない。

この根田茂神社の祭神は、棟札からわかるように農業用水の神では無く、滝神であり、瀬織津比咩であった。恐らく弥都波能売神が瀬織津比咩である場合は、大抵は滝神である事が前提となろう。ただ、特異な例もある。遠野の多賀神社の祭神は、滋賀県の多賀大社から勧請された祭神なのだが、伊弉諾と伊邪那美ではなく、伊弉諾と弥都波能売神となっている。多賀(たが)が「高」を意味すると解釈はされているが、「高」は「滝」でもあるという用法もある事から、琵琶湖湖畔に鎮座する多賀大社の祭神に、水神が含まれてもおかしくはない。ところで、遠野の多賀神社は古くから縁結びの神として親しまれて来たが、考えれば妙でもある。何故なら、伊弉諾と伊邪那美は、現世と黄泉国とで、袂を分かったからだ。方や人間を誕生させる生の神であり、方や人間を縊り殺してしまう死の神でもある。この相違う夫婦神は縁結びより、離婚神とした方が正しくはないだろうか。黄泉国から帰還した伊弉諾は、水と結び付いて、最高神である三貴子を誕生させた。「古事記」などによれば、伊弉諾が単独で三貴子を誕生させた様に記されているが、要は水神と結び付いて三貴子を誕生させたと考えて良いだろう。よって、遠野の多賀神社に祀られる神が本来、伊弉諾と弥都波能売神という水神であるのは正しいのではないか。その弥都波能売神は当然、穢祓の神でもある筈だ。

根田茂神社の眼前には、落差は低いものの、大小の滝がある。早池峯の裏側に祀られている神社であるが、早池峯の神としてでは無く、あくまで滝神を祀る神社が、この根田茂神社であった。
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