此男ある奥山に入り、茸を採るとて小屋を掛け宿りてありしに、深夜に遠き処にてきやーと云ふ女の叫声聞え胸を轟かしたることもあり。里へ帰りて見れば、其同じ夜、時も同じ時刻に、自分の妹なる女その息子の為に殺されてありき。
「遠野物語10」
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この「遠野物語10」の女の叫びは、「遠野物語11」に続くもので、兄弟の異変を告げる予兆であった。「遠野物語11」で母を鎌で殺した孫四郎は、山口孫左衛門からの分家であったのも、何かしら山口家の因縁を感じてしまう。
「母は深山の奥にて弥之助が聞き付けしやうなる叫声立てたり。」との記述が「遠野物語10」と結び付けている。弥之助が深山の夜に、聞く筈の無い叫びを聞いたのは、兄弟の絆の成せる業であったか。ただ、殺された妹の名はモヨで、文政九年生まれの絶命した当時の年齢は七十一歳であった。その兄であった弥之助は、何歳であったかわからぬが、その時代であれば七十歳過ぎまで生きていれば、かなりの長寿であったろう。しかし、その歳を感じさせない感覚が弥之助にあったから、妹の叫び声が聞こえたのであろう。この弥之助の感覚はある意味、神の声を伝える巫女に近いものであろうか。
ところで女の叫びなどの怪異だが、これが何故か白望山に集中している。
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「遠野物語34」・・・「深夜に女の叫声を聞くことは珍しからず。」
「遠野物語35」・・・「女の走り行くを見たり。中空を走るやうに思はれたり。」
「待てちやァと二声ばかり呼ばりたるを聞けりとぞ。」
「遠野物語75」・・・「女の伺ひ寄りて人を見てげたげたと笑う者ありて」
「遠野物語拾遺111」・・・「髪をおどろに振り乱した女」
「鉄砲をさし向けると、ただ笑うばかりである。」
「女は飛ぶ様に駆け出して」
「遠野物語拾遺114」・・・「そのまま女がにたにたと笑って行き過ぎてしまう」
「遠野物語拾遺115」・・・「髪を乱した女の顔が現れて、薄気味悪く笑った。」
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これらは全て、山中での出来事である。殆ど白望山での怪異だが、唯一「遠野物語拾遺114」だけは綾織町の笠通山周辺での話である。
菊池照雄「山深き遠野の里の物語せよ」では、多くの女が山へと逃げ込み、まるで山は駆け込み寺のようであると感想を述べているが、これらが全て山に逃げた女達であろうか?
「出雲国造神賀詞」に記されている夜とは
「夜は火瓮なす光く神あり、石ね・木立・青水沫も事問ひて荒ぶる国なり。」とある。つまり、人が寝静まっている夜世界とは、人以外の者達が跋扈している世界であるという事になろう。例え、里から山へと逃げ出した女達であっても、夜の山中を、彷徨い、笑い、飛ぶ様に走るなどとなれば、それは人間を逸脱した、まるで神か妖怪ではなかろうか。

ところが
「熊野年代記」を読んでいると、やはり女の怪異がいくつか記されている。そして気になるのは、熊野の山々の中に白見山という山があるという事。以前、白望山は宮崎県の銀鏡から来ているのではないかと書いた事があるが、この熊野にも白見山があった事を知って驚いている。
「十一ノ十六日夜 新宮宮殿女泣声甚十七日一山祈禱」これは、十一月十六日に新宮宮殿で女の泣声が響いたので、翌日の十七日に祈祷したという意味になる。恐らく熊野にも巫女はいただろうから、巫女が泣いた程度で祈祷する筈も無い。つまり、この女の泣声とは神霊のものであろうと察せられる。
「七月上熊野地十八ノ夜室中女ノ声有」とあるが、正しくは記されている「室」は「空」であるようだ。つまり、七月十八日の夜に空中で女の声がしたという怪異となる。
「新宮西ノ御前ニ而女ノ笑フ聾ス御神歌ヲ各奏ス」新宮の西の御前で女の笑い声がしたので御神歌を奏でたという事から、やはりこれも神霊の仕業なのだろう。しかし、笑い声といっても楽しい笑い声や、恐ろしい笑い声があるのだが、御神歌を奏でたというのは神を鎮めようとしたものだと思えるので、恐ろしい笑い声であったのだろう。

熊野での空中の声は、神の声であろうし、ある意味神託であったか。笑い声も恐ろしいものであるなら、祟りを恐れて御神歌を奏でたのだと理解できるが、泣声はどうであろう?時代は、武烈天皇時代で、次が継体天皇になる過渡期でもあった。しかし、それを嘆いての嘆きと取るよりも、女が女神であるならば、それは熊野の神が、女神からの移行を示す予兆と捉えても良いのかもしれない。
「荒御魂(結)」で書いた様に、熊野本宮神は水神である瀬織津比咩であった。その名前が現在の熊野に無いという事は、いつの時代かに祭神の変遷があったに違いない。それが武烈天皇から継体天皇の時期であったかどうかは定かでは無いが、この熊野の新宮での女の泣声は、女神の口惜しさとして扱った為の記述では無かったか。その明かされない神名を「女の泣声」という怪異で記述した可能性はあるだろう。ちなみに、新宮にも以前は熊野本宮神が祀っていた事はわかっている。何故なら、本宮でも新宮でも櫛笥や鏡を奉納しているという事は、そこに祀られる神は女神であるという証拠であろう。
そして「遠野物語」の白望山周辺であるが、登場する女の怪異が真実かどうかという事になる。先に書いた様に、菊池照雄氏の説によれば、里を捨て山に逃げた女が居た事から、山に女がいても不思議では無かった。しかし、その女たちが夜の山を化物の様に彷徨う事には違和感がある。それでは何故に、この白望山周辺で女の怪異譚が語られたのかは、この熊野での怪異を伝えた者の話を別の者が白望山に置き換えて語り継いだ可能性もあるだろう。そこには女神の嘆きも怒りも無く、単に山の恐怖を伝える為の物語として。遠野は熊野信仰が根強く残っており、多くの歩き巫女達も訪れたという。世に伝わる怪異を遠野流にレンジして語られたとしても不思議では無いだろう。何故なら熊野と遠野には、共通する白望山という山もあるからだ。
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