青笹村生れの農業技手で、菊池某という人が土淵村役場に勤めている。この人が先年の夏、盛岡の農業試験場に行っていた時のことだかといった。ある日、あんまり暑かったので家のなかにいるのが大義であったから、友達と二人北上川べりに出て、川端に腰を掛けて話をしていたが、ふと見ると川の流れの上に故郷の家の台所の有様がはっきりと現われ、そこに姉が子供を抱いている後姿がありありと写った。間もなくこのまぼろしは薄れて消えてしまったが、あまりの不思議さに驚いて、家に変事は無かったかと手紙を書いて出すと、その手紙と行き違いに電報が来て、姉の子が死んだという知らせがあった。
「遠野物語拾遺161」

北上川は、岩手県に流れる様々な支流が集まる大河であり、日本でも第五位となる大河である。「大祓祝詞」では、罪や穢れが川を伝って海へ流れ、その全てが呑み込まれる。「過去を水に流す。」という概念の根幹が、流れる川となる。「遠野物語拾遺106」では、山田湾に見える蜃気楼の話があったが、これは蜃気楼ではなく、リアルな実家の情景であり、菊池某の姉が子供を抱いているという印象的で象徴的な姿だった。
水鏡、というものがある。例えば宗像の大島の星祭の時に、盥に入れた水鏡に逢うべき人の姿が映るという。似た様な話は他にもあるが、未来予知の能力を持っているのが水鏡でもあった。しかし、水鏡をすると魔に魅入られるというが、明治時代にカメラが普及し始めの頃、写真を撮られると魂を抜かれると信じられたのは、水鏡への意識に対する影響もあったのだと思う。鏡は魔除けにもなるのだが、水鏡となれば水界である竜宮と繋がっていると云われる。琵琶湖の瀬田橋や佐久奈谷が黄泉国と繋がっているという伝承から、やはり水は死と繋がっているいるという考えがあったのだろう。
広大な北上川という水鏡に映しだされた映像は、死を象徴していた。水鏡に映ったのは、姉の後姿と子供の姿であったという事は、姉では無く子供が主体であったという事。その死を暗示する映像を、菊池某がたまたま見たしまったのは、北上川の魔に魅入られたという事であったか。
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