この祭が終ると、すぐに三峰様は衣川へ送って行かなければならぬ。ある家ではそれを怠って送り届けずにいた為に、その家の馬が一夜の中にことごとく狼に喰い殺されたこともあったという。
「遠野物語拾遺73」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この三峰様の風習は、ある意味呪詛である。これは三峰様を通して、受けた不遇を取り戻す術と考えて良いだろう。俗に
「呪い返し」とか、もしくは諺に
「人を呪わば穴二つ」という言葉が示すように、呪詛を施した場合、何か不具合が生じれば、自分に返ってくるものである。
また
「送り狼」という言葉があるが、これは狼のテリトリーに入ったモノを狼は好奇の目で観察し、その対象が敵意が有るか無いかを確認する為、その狼のテリトリーを出るまで付いて回る事を云うようである。つまり、衣川から運ばれて来た三峰様の御眷属様の仮のテリトリーが、運んできた者の家が中心となるという事。御眷属の狼一匹で五十戸まで守護すると云われる事から、運ばれて来た御眷属様のテリトリーは村全体を覆うという事になる。その狼である三峰様は、人の穢れを忌み嫌う。嘘を吐く、約束を守らない事が狼のテリトリー内で行われたのならば、それに対して大神(狼)としての報復が、呪い返しの様に、飼っていた馬が一夜のうちに全て喰い殺されたのだろう。
まあ実際、今まで山の奥で餌となる野生の動物を捕食していた狼が狂犬病に侵されてから、いつしか人間や家畜を襲うようになった。この「遠野物語拾遺73」の時代には既に狼は狂犬病にかかっていたのであろうから、御眷属様を連れてきた事と、狼に家畜が襲われたのが偶然重なったと思うのだが、それでも結局人の心に残るのは、狼であり三峰様という大神の恐ろしさであったのだろう。