此女と云ふは母一人子一人の家なりしに嫁と姑との仲悪しくなり、嫁は、屡親里へ行きて帰り来ざることあり。其日は嫁は家に在りて打臥して居りしに、昼の頃になり突然と忰の言ふには、ガガはとても生しては置かれぬ、今日はきつと殺すべしとて、大なる草苅鎌を取り出し、ごしごしと磨き始めたり。その有様更に戯言とも見えざれば、母は様々に事を分けて詫びたれども少しも聴かず。嫁も起出でゝ泣きながら諫めたれど、露従ふ色も無く、やがては母が遁れ出でんとする様子あるを見て、前後の戸口を悉く鎖したり。便用に行きたしと言へば、おのれ自ら外より便器を持ち来りて此へせよと云ふ。夕方にもなりしかば母も終にあきらめて、大なる囲炉裡の側にうづくまり只泣きて居たり。忰はよくヽ磨きたる大鎌を手にして近より来り、先づ左の肩口を目掛けて薙ぐやうにすれば、鎌の刃先炉の上の火棚に引掛かりてよく斬れず。其時に母は深山の奥にて弥之助が聞き付けしやうなる叫声を立てたり。二度目には右の肩より切り下げたるが、此にても猶死絶えずしてある所へ、里人等驚きて馳せ付け忰を取抑え直に警察官を呼びて渡したり。警官がまだ棒を持ちてある時代のことなり。母親は男が捕へられ引き立てられて行くを見て、滝のやうに血の流るゝ中より、おのれは恨も抱かずに死ぬるなれば、孫四郎は宥したまはれと言ふ。之を聞きて心を動かさぬ者は無かりき。孫四郎は途中にても其鎌を振上げて巡査を追い廻しなどせしが、狂人なりとて放免せられて家に帰り、今も生きて里に在り。
「遠野物語11話」

画像は「子授かりの岩」叉は「子作り岩」とも呼ばれる天然岩のベットだ。この岩には物語が付随しており、ある娘が小国村の家に嫁いだのだが、子供ができずに、
「この役たたず!」と姑に追い出された嫁がいた。昔の女性は、子供が産めないと役たたずと言われた。 しかし、この嫁を貰った息子は、その想いを断ち切れず、その追い出された嫁を追いかけ、やっと追いついた目の前に、画像の岩があり、そこで一晩子作りに励んだら、子供を授かったと云う。
今も昔も嫁と姑の問題は多いが、昔は嫁の立場は弱く、一方的に虐められたようだ。例えば結納金の初めは仁徳天皇時代とされているが、これが庶民の間に広まったのは明治時代になってからであった。つまり「遠野物語」の舞台となった時代でもある。つまり、結納金を払って嫁を貰ってくるわけだから、それ相応の事を嫁に期待するものである。要は、体の良い人身売買である。その為なのか、奴隷みたいに扱われた話をよく聞く。現代と違い、簡単に別世帯を構えるわけにもいかなかった為、嫁を貰った息子も、親にはなかなか反抗できなかったようだ。
嫁と姑の関係から起きた事に「神隠し」があったとされる。それは、婚姻に伴って発生した。 昔の婚姻は、本人同士よりも親同士の取り決めの元に決まった婚姻が殆どであった。親が
「あの家に嫁ぎなさい。」といえば、娘は
「はい、わかりました。」という しか無かったとも伝え聞く。そこで発生するのが、結納だ。これは先程記したように、体の良い人身売買であり
「お宅の娘さんを、これでお売りください。」 と言っているようなもの。
嫁は姑に虐められ、辛くなってその家を飛び出して逃げても、結納金などを貰っている親は、泣く泣く娘を嫁ぎ先に戻すしかなかったらしい。もしも逃げてきた娘を受け入れた場合、結納金などを返さねばならなかったようだ。その為、行き場を失った嫁は、他へ移り住んだり山へと逃げた場合もあったようだ。ただし何故に嫁がいなくなったのか?それは姑の虐めによって逃げたとは、世間体から言えなかったのだと。代わりに「嫁が神隠しに遭っていなくなった…。」であったそうな。迷信が横行していた時代、表沙汰に出来ない事柄が物の怪の類に罪を擦り付けた場合もかなりあったらしい。しかし世間は、それを完全に物の怪の類の仕業では無いと知っている為に、暗黙の了解であったようだ。

ところでこの「遠野物が11話」は、嫁をあまりに虐めた姑に対し、その息子が母親である姑を殺そうとする話となっている。三ちゃん農家という言葉があるが、以前は三代にわたって一軒の家に家族が住むのは当たり前という世界だった。家には多くの人が住んでいる為、農繁期などの忙しい時には、家から抜け出て、水車小屋や空いているお堂などで子作りに励んだという。ずっと家の中で過ごしていれば、ストレスがかなり溜まったようであった。
これはモルモットの実験だが、ネズミ算と呼ばれるものはネズミの数が数がだんだんと増える事を言うのだが、ある一定数に達すると、雌ネズミは不妊となり子を成さなくなる。または、産んだ子ネズミを噛み殺したり、発狂する個体も増え、ネズミは減少してしまう。これらは全てストレスからきているのだが、人間社会にもこれは当てはまるのだろう。例えば「八墓村」の原作は実話から来ているのだが、これも狭い共同体の中で起きた村八分から発生した。あまりにも狭過ぎる世界であるから、村八分になった者はストレスが溜まり、精神に異常をきたしての惨劇であったようだ。狭いからこそ、ストレスは溜まるもの。ましてや、この「遠野物語11話」では、嫁と姑の不仲が家の内部で延々と繰り返されていたのだろう。 その傍で始終を見ていた息子には、ある一種のストレスが溜まったものだと思える。
物語の最後には
「狂人なりとて放免せられて家に帰り、今も生きて里に在り。」とあるが、つまりその後には狂った行動には出なかったという事であろう。心の平安を取り戻して、普通の人間になったという事だろうか。最近でも在日朝鮮人が
「生粋の日本人ですか?」と聞きだし、日本人限定で無差別殺人を犯したが精神異常をきたしている為、責任能力が無いと判断され、無罪放免となった事件があった。「遠野物語11話」は、あくまでも家の内部の者に対する犯行であるから、他の村人も無罪放免となってもどうにか過ごせたのであろうが、無差別殺人者を責任能力の無い精神異常だからと再び世に放つというものはどうかと思える。法治国家となった明治時代から、いろいろな事件が起きている筈だが、それらの前例や判例を生かさずに現代に即応した法律に変えていかないのは、まことにおかしな話である。
「病は気から」と云われるが
「狂気もまた気から」である。病気も狂気もストレスから発生するとわかっていても、それが狭い世界では隠されてわかりにくくなっている。「遠野物語11話」では、余りに嫁と姑との不仲が日常過ぎて、それと接していた息子の心を誰も気遣う事無く日常が蔓延したのが、この母親殺しの事件の要因であったのだろう。
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