
怪談話のイベントとして百物語というものがある。一人づつ怪談を話し終えては、ロウソクの灯りを消していき、最後のロウソクの灯りが消えた時に怪異が起こるという伝説めいたイベントだ。これはつまり、明るい昼間から、徐々に暗くなり、夜の闇に移行する情景を演出しているのだろう。そして、真っ暗闇とは恐ろしいものだと。
また、誰もいない部屋に入る場合、柏手で大きな音を立てるというものがある。音が反響すれば、その部屋には何もいないとなるのだが、音が反響しない場合は、何かがいるから気を付けろとなる。大きな音というのは、例えば山に行った時に、鈴を鳴らす、笛を吹く、大きな声をあげるなどは、獣に対してその存在を示すと共に、猫などを観察すればわかるように、突然の大きな音には、人間も驚くが獣も驚くもの。つまり、大きな音とは魔除けの効果があるという事だろう。
「源氏物語」などでは魔物が現れた時に、弓の弦を弾いて音を出すのを弦打ちなどと言い、やはり魔除けとなる。ただ、鐘などを鳴らして神霊を呼ぶ場合があるので、音は魔を除け、神霊を呼ぶのだろうか。ローレライの歌声には、聞き惚れた男が寄って来るが、不快な音からは皆逃げるもの。真夏の太陽は眩しく熱く、人は太陽を避けようとするが、逆に真冬の太陽は、人々に暖を与える。あまりにも眩しい光は、目を背けるが、暗闇の中の灯りは、出口か、はたまた天国への入り口かと、人々は殺到するのだろう。
光と闇、音や光の強弱、音の質などを昔の人達も理解し使い分けて、怪談や神事に利用したのだと思う。ホラー映画で会場がシーンと静まり返った時こそ突然、幽霊や化物が出現すると観客が知っていても、やはり驚いてしまうのは、長年の積み重ねられた人間の習性なのだろうか。そういう意味では、世の中で一番恐ろしい音楽とは
マーラー交響曲第六番「悲劇的」だろう。最後の一撃の衝撃は、知らないで聴いていれば、心臓が止まりそうになるほどだ。当然、マーラーの交響曲は怪談でもない、単なる音楽だ。つまり、人間が恐れるとは幽霊というよりも、視覚と聴覚が日常より逸脱した時に起こり得るという事なのだろう。

逆に、無音の恐怖というものがある。遠野のマタギに伝わるのは、山中で一番恐ろしい時とは、音が止まる時であるという。自分も何度か経験しているが
「草木も眠る丑三つ時」というフレーズが幼少時より刷り込まれていた。その時間帯は、午前二時半頃となるが、確かにその時間帯に音が止まる事がしばしばあった。夜の山というものは意外に煩いもので、夏の夜の山であればフクロウはもとより、カッコウやウグイスも鳴き、たまに眼前を飛び交う。また草むらでは小動物がガサガサと移動している音が響いて、とにかく賑やかだ。その賑やかさが丑三つ時頃に止まるというのは、昔の人もそれを実体験として記憶していたからこその言葉であったのだろう。「草木も眠る丑三つ時」とは、よく言ったものだと思う。
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