猿ヶ石川沿いに岩根橋という地があるが、その付近に人型の巨石があるという。その巨石のある下宮守字沢田に、岩森という屋号の旧家があった。いつの頃かはわからぬが、その家の老母が酷い腫物を患いあらゆる医者に診て貰ったが、治る様子が無く、益々病状は悪化するばかりであったと。
元々この家には長年飼っていた年老いた猫がいて、この老母の腫物を舐めていたという。老母も、この猫が腫物を舐めると快く感じていたので、いつも舐めて貰っていたそうな。ある夜の事、その家の近くの田端と云う屋号の家で「祭文語り」があると云うので、老母一人を家に残して家族の者達は出かけて行った。その時も、猫は家で老母の腫物を舐めていたが、俄かに様子が変わり、寝ていた老母の枕元に立ち上がって舞い踊り、祭文を語る真似を演じたという。老母は恐ろしくなり、家族の者達が帰って来た時に、その一部始終を話したのだと。すると、その猫の姿が見えなくなり、同時に老母も病状が悪化したのかすぐに他界したという。
老母を野辺送りしようと、遺体を収めた棺を家の外に出すと、今まで晴れていた筈の空は見る間に曇り、暴風雨になった。それと共に棺はたちまち空中に巻き上げられ見えなくなってしまったのだと。家族をはじめ、野辺送りに参加した人々は、ただ驚き騒ぐだけであったそうな。
野辺送りの時の導師は、宮守村の松涼寺の住職であったそうだが、その様を見るなり声を荒げて悪魔調伏の呪文を唱えると、棺が空から落ちてきたというが、老母の遺体は無かったそうである。止むを得ないので、空棺のままで葬式を済ませたという。後日、遺体に着せていた筈の白衣が人型の巨石にかかっていたそうだが、姿をくらました猫の仕業であったのだろうと語り伝えられている。
「上閉伊今昔物語」

この話は
「遠野物語拾遺174」に似通った話で、猫の奇態を家族の者に話してしまった為、死んでしまう。ところが、この岩根橋の話は、死体を食らうと云われるキャシャという化け猫の妖怪の話にまで発展し、それが人型の巨石に結び付けられている。遠野だけではないが、広く姥石と呼ばれる石がある。それは禁足地である山に登った女性が山神の怒りに触れて吹き飛ばされ、落ちて石になるものだった。それを踏まえれば、二つの話が融合されて作られた話にも感じる。
「遠野物語拾遺174」と共通するのは、猫が家に居ながら祭文語りや浄瑠璃を再現するのと、それを別の人間に話した時に命が無くなるというもの。これはある意味、神降ろしをし神霊に取り憑かれた巫女の様でもある。猫は陰獣とも云われるが、陰の資質を持つというのは、多感な女性である巫女と同じである。
この前英彦山に遠足に行った高校生の中で、女子生徒だけが幽霊に取り憑かれたのか?という事件があったが、取り敢えず集団ヒステリーという事で落ち着いた。しかし、何故に女性だけがそういう状態になるのかは、ハッキリとはわからない。ただ女性には空間把握能力があると云われ、物が散乱した部屋を見た後に、その中の一つをずらしただけで、その違いを発見できるのだと。これは、赤ん坊の微妙な表情を見分けられる為の能力であり、男には決して有り得ない能力なのだと。それ故なのか、古代日本に卑弥呼という存在がいたのも、女性がそういう女性特有の男には無い能力を持っていた為だと思えるのだ。
また、女性の髪には霊力が宿ると云われるが
「日本書紀(天武天皇記)」に、巫女は髪を結わなくても良いと云う事が記されている。髪は霊力が湧きだす源でもあるというが、髪は神という同義語でもあるにも由来しているのだろう。男の髪の毛と女の髪の毛の質が、今も昔も違うというのは女性ホルモンからであろう。しかし古代には女性ホルモンという言葉は存在しないので、その違いを神に対する資質の違いから認識していたようである。髪をザンバラにして祈祷するのは、その霊力を迸らせる為であり、普段はその髪を結うのは、日常と非日常を仕分ける為でもある。神と相対した時に結っていた髪をほどき、神に対して全精力を傾けて向き合うのが巫女でもあった。それから得る神の託宣は言葉となり、踊りなどでも表現される。そういう意味から考えてみても、猫の普段の奇妙な行動や、自らの体毛を一生懸命舐めてケアする姿は、まるで女性が髪を大事に梳く姿にも感じられる。しばしばキャシャが女性の姿で現れるのは、そういう人間の女性と猫の行動を結びつけた結果からのキャシャという妖怪なのだろうと思える。

そして陰獣と呼ばれる所以は、その執拗な執念によるものが大きい。自分の本性を人に話しただけで殺されるというのは、昔から続く異類婚の話に基づくのだろう。「古事記」の伊邪那美が黄泉国で伊弉諾に対して「決して見ないでください。」という戒めを破り、それに怒った伊邪那美は鬼神のように伊弉諾を追いかける話に端を発し、鶴女房でも雪女でも「見てはいけない。」「人には言ってはいけない。」タブーを、常に破るのは男であった。女を裏切る男と云うものが定着した為か、江戸時代には怪談話が流行ったのも、その女と男の二つの要素が不滅の為でもあった。女を裏切った男に対して幽霊となって化けて男を苦しめる。腕力では男に勝てない、力の無い女性の復讐劇が怪談の中で語られていった。その古代からの女性の要素を猫に転化したものが化け猫の正体でもあるのだろう。怪談「怪猫伝」や「呪いの沼」でも、飼い主であった女性が殺され、その流れる血を飼い猫が舐めた事により化け猫になるくだりは、猫が女性の資質を受け取ったと云う描写でもあったのだろう。
猫と双璧を為す陰獣は、蛇であった。
「田舎医者蛇を出したで名が髙し」という川柳は、よく女性の陰部から蛇が進入し、なかなか抜けなかったのを取り出す事の出来た医者は名医という称号を受けたものに由来する。しかし、蛇がよく女性の陰部から体内に侵入する事を、女性と蛇との同化と見做した場合があったようだ。それ故に、化け猫もいるのだけが、蛇女という存在もいた。抜け首やろくろっ首のように首が長く伸びる女性の妖怪は、その女性と蛇が重ねられて作り出されたものであるとも云われる。陰獣と云われる蛇と猫の戦いが
「古今著聞集」に伝えられている。厠に潜む蛇が密かに、その家の娘を狙っていたのだが、、その娘を護ろうとしていた家の飼い猫が居た。しかし、その飼い猫を化け猫と思っていた家の主が、侍を雇って娘が厠に入ろうとする寸前に、その猫の頭を切り落としてしまったのだが、その猫は切り落とされた頭のまま厠に潜む蛇に飛びかかり、噛み殺してしまったという話である。
猫は狩の本能からか動くものに対してじゃれたり、挑みかかる。庭先に現れた蛇を捕る猫もいるのだが、猫の語源説の一つに、鼠を捕るのはネコ、鳥を捕るのはトコ、蛇を捕るのはヘコというのがある。「古今著聞集」の話も含めハンターである猫は、同じ陰獣であった蛇を狩ってきた歴史から、いつしか陰獣の代表が、かっての蛇から猫に移り変わったのだろう。養蚕を守護する神社での主神が蛇から猫に代わったのも
"蛇より強い猫"と云う印象もあったのではなかろうか。今回の話の中の描写にある棺を空中に巻き上げる話も、本来は竜巻のようなもので、龍蛇の業であった筈だ。それが時代と共に、蛇から猫に変遷していったという事だろう。
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