「遠野物語拾遺5」に、仙人峠の由来が記されている。その一つは、千人の金堀りが死んだから、仙人峠となったというものと、山に仙人が住んでいたからというものがある。その仙人の異伝が
「上閉伊今昔物語」に伝わっている。
時は天正年間、上郷村字細越の佐生田に倉七という正直な、独り者の樵がいた。倉七の日課は、暗いうちに山に登って山頂と御来光を伏し拝み、枯木を採っては生計を立てていた。そんなある朝、同じ様に山で伏し拝んでいると、白雲に乗った白髪の老人が現れ、倉七に対し巻物を授けた。それから、その巻物に書かれている呪文を唱えると、怪我人や病人が治ったという。また、生まれてくる子供の性別をも間違いなく当てた事が評判となり、眼病で苦しんでいた遠野公の耳に止まり、倉七は御城へと呼ばれ、遠野公の病をもその呪文で治したという。しかし、不思議に思った遠野公がその巻物を見たいと言った。白髪の老人からは決して人には見せてはいけないと言われていたが、殿様の命令には逆らえず、その巻物を見せたところ、書き記されていた文字が全て消えてしまったという。
しかし倉七は恨む事無く、その巻物をくれた白髪の老人を仙人様として厚く信仰し、一尺五寸程の木像を彫り上げ祀ったのが、実は竜神であったという。現在、堂宇は朽ち果て、その跡のみが佐生田に残っている。また、白髪の老人の現れたところを仙人と呼び、現在の仙人峠の名の起こりであると云う。

殿様の眼病が治ったというが、遠野には広く、泉などで目を洗うと眼病が治ったとする伝説が数多くある。この伝承の場合は、ただ呪文を唱えるだけではあったが、恐らくそのどちらにも山神が関わっているのだろう。「遠野物語108」では山神が乗り移って占が当たるようになった話は、倉七が子供の性別を当てるものに似ている。実際「遠野物語拾遺237」の話では、山神と出産が深く関わっていると信じられていたようである。また、山には水が湧き、薬草も豊富にある事から、病を治すには山のモノが必然となっていた。薬草などは大抵、山伏などが教えたようであったが、それもまた山神の御加護としてのものであった。竜神として考えられるのは、白髪の老人の顔と、体が蛇である宇賀神がいる。それが倶利伽羅不動として、不動明王にも繋がってくるのだが、そこに山神と水の繋がりを見いだせる。
ただ、倉七が登った山とは、どの山であったか。御来光を拝むとなれば、やはり歩いて登った旧仙人峠の頂きであったろうか?

仙人堂があった場所は鬱蒼とした茂みの中で、とても御来光を拝める場所では無いから、更なる高みまで倉七は登ったのだろう。気になるのは「山頂を伏し拝んだ。」という事だが、自らが登った足元の山頂に対して伏し拝んだのであろうか?ただ、その頂の先には、仙盤山がある。仙盤山は、伝説の猟師旗屋の縫の伝承があり、神の鹿を千晩籠って待って撃った事から千晩山ともいうが、通常は仙人の「仙」の字をあてている。もしかして関係があるのかはわからないが、太陽の昇る方向に聳える仙盤山に向かって伏して拝んだとしても、何等不思議は無いだろう。

ただ一つ気になるのは、山形の湯殿山方面に仙人沢という地があり、その山の景色がまるで仙人峠手前の方岩に非常に似ている。遠野は羽黒修験の影響を受けている事から、その湯殿山の仙人沢の景色を、遠野の仙人峠に投影したのでは?と考えてしまう。いずれ、その仙人沢は、詳しく調べる予定だ。
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