死助の山にカッコ花あり。遠野郷にても珍しと云ふ花なり。五月閑古鳥の啼く頃、女や子ども之を採りに山へ行く。酢の中に漬けて置けば紫色になる。酸漿の実のやうに吹きて遊ぶなり。此花を採ることは若き者の最も大なる遊楽なり。
「遠野物語50」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
死助の山とは、死助権現を祀っていた山で、その死助権現は現在笛吹峠に祀られている。界木峠から笛吹峠に行く途中に死助の山があるのだが、今は鹿の巣窟になっている為、日中でもかなりの鹿に遭遇する事が出来る。
カツコ花は敦盛草であり、平敦盛の母衣に見立ててその和名が付いたが、カッコ花の由来は、遠野にカッコウが渡って来る6月頃に咲く花であり、そのカッコウがよく啼く山で咲いている事からカツコ花と呼ぶようになったという。だからといって、カッコウがいるからカツコ花が咲いているとは限らない。またカッコウの啼く頃に死助山へと行った事が、そのカツコ花を見かける事は無かった。

この画像は以前、遠野の産直で販売されていたカツコ花だが、値段から想像するに、その貴重性がわかるというもの。
「若き者の最も大なる遊楽なり。」一文があるが、今では、山菜・茸を採集して、日々の生活の足しにするのと同じ感覚で、楽しんで山のモノの恵みにあやかるという事なのだろう。
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