十二月は一日から三十日までに、ほとんど毎日の様に種々なものの年取りがあると言われている。しかしこれを全部祭るのはイタコだけで、普通には次のような日だけを祝うに止める。すなわち五日の御田の神、八日の薬師様、九日の稲荷様、十日の大黒様、十二日の山の神、十四日の阿弥陀様、十五日の若恵比寿、十七日の観音様、二十日の陸の神(鼬鼠)の年取り、二十三日の聖徳太子(大工の神)の年取り、二十四日の気仙の地蔵様の年取り、二十五日の文殊様、二十八日の不動様、二十九日の御蒼前様等がそれで、人間の年取りは三十日である。
「遠野物語拾遺275」
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画像は
鳥山石燕「画図百鬼夜行」からの「鼬」であるが、「てん」となっている。昔は動物の体系化が成されていない為、イタチもテンもイズナも全て同じであったようだ。

ところで何故、二十日が陸の神の年取りで、その陸の神が鼬鼠なのかわからない。「画図百鬼夜行」の解説には
「夜中に火柱が立ち、消えて倒れるところには火災が起きるが、それは群れ鼬が妖を為すからだともいう。」と書かれている。自然界でたまにイタチを目撃するが、イタチの群れは見た事が無く、大抵は単独で行動しているように思える。釣りの時は、川から魚を咥えて這い上がって来たり、今年の春先の5月の夜には、一匹の子供のイタチが車の前に躍り出てダンスを始めるなど、とても愛嬌溢れる獣である。そのイタチを調べると、イタチが道を横切ると不吉であるとか、一人で歩いていると後ろから足音が聞こえるのはイタチの足音であるとか、バタバタという足音で驚かせるイタチなど、町外れの寂しい道での話がかなり出てくる。

辻などに建てる石碑に道祖神があるが、道祖神は道陸神とも云う。陸は道でもあるから、恐らく陸の神とは道祖神であり道陸神であると思う。青笹町の飛鳥田に、南無阿弥陀仏と刻まれた六道神の石碑があるが、これも恐らく本来は道祖神であり、道陸神(どうろくじん)が変化して六道神(ろくどじん)となったのではなかろうか?
遠野市小友町には
「六地蔵と冥道」という小さな六つの石が並んでいる場所があり、昔ある人物がに夜道を歩いていると、道の分岐点に差しかかったという。ところがどちらの道へ行って良いのか迷っていると、六体の地蔵さんが現れ、行くべき道を指してくれたという。関連性は何とも言えないが、道陸神は「道六神」と書かれ仏教の六道との関連もある事から、六道は迷道でもあり、辻などに置かれるのは、冥界との繋がりを意味している。昔から辻には幽霊や物の怪が現れる様に、あの世とこの世の境目とも云われる。そこにいつしか鼬鼠という物の怪とも云われた獣が結びつけられて、道の神・陸の神として昇華して祀られた可能性はあるのだろう。またある地域では1日(ついたち)に陸の神を拝むとあるのは、その1日(つイタチ)という日にイタチが潜むからと言う言葉遊びでもあるようだ。それが遠野地方では、1日は関係無くなり陸の神の年取りにも鼬鼠の年取りとなったようだ。
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