
現在は「新山(ニイヤマ)」と読んでいる様だが、本来は「新山(シンザン)」で、「深山」から発生したようだ。早池峯神社の前身である大出の新山宮の里宮であったと同時に、早池峯山の遥拝所でもあるようだ。

この新山神社の別当の祖先は、大峰山系(真言宗系)の山伏で、代々宝明院を院号としていたとされる。又一の滝を開いたのも、この家系の先祖の宝明院宥水と云う山伏で、当初又一の滝は宥水滝と称せられていたそうである。

祭神は瀬織津比咩であるのだが、元は十一面観音であるという。東和町の十一面観音堂も以前は、滝神社として瀬織津比咩を祀っていたが、別当がいなくなった為に、地域で親しみ易い十一面観音を祀る様になったという。神仏分離とは言うが、仏教的な信仰の方が庶民には根深く親しまれていた為、本地垂迹では同じなのだが、仏教的な十一面観音として祀られる事の方が多いのかもしれない。

南部時代は、この宿の新山神社と坂の下の御祖神社、大袋の菅原神社を三社として、例年旧7月20日の祭典に南部の家臣が二人以上代参させるようにしたという。
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