生子の枕もとには必ず刃物を置かねばならぬ。そうせぬと、独りきりでおく様な時に、生子の肌の穴から魔がさすという。やや大きくなってからは、嬰児に鏡を見せると魔がさすといって忌む。
「遠野物語拾遺242」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
密教系では、刃物などの刀系は魔や敵を切り祓う呪力があるとされている。例えば、庶民に広く普及している不動明王などは剣を構えているのだが、その不動明王の御札などを燃やした灰が落ちた水を飲むと、病魔が治るともされたので、庶民は不動明王に対する信仰は根強かったという。つまり剣と不動明王は、いつしかセットになって語られていたようである。妙見である北斗七星も祓いの剣として云われており、剣などの刃物は魔除けとなっていたようだ。
子供は7歳まで神の子である為に、大事に育てられたというのは、どこかで神から授かった子であるという意識もあったのだろう。ただ昔は現代医療とは違い民間療法などであった為、ちょっとした病気や怪我で、幼い子供はすぐに死んでいったようである。その為に、7歳まで無事に成長する様に、女の子の名前を付けたりなど、様々な迷信までも信じて子供を育てていたらしい。ただ、肌から魔がさすというのは聞いた事が無く、恐らく人間の子でありながら人間の子供では無い7歳までの子は、様々な魔に魅入られやすいとと考えられての事だったか。その為に刃物を置くのは、先程から書いているように魔除けとしてのものであった。
また鏡を見せると魔がさすというのも、今となっては聞く事も無い。剣と同じに鏡も魔除けとして広まっていた。橋野村に住む人は、笛吹峠を越えて遠野に来る場合、魔除けとして額に鏡を括りつけて、笛吹峠を歩いたそうである。ただ鏡には、魔の正体を暴く力もあると云われている。つまり、嬰児に鏡を見せて魔がさすというのは、既に嬰児に魔が入り込んでいる状態を云うのではなかろうか。沿岸の大船渡では部屋の四隅と中央に鏡を置いて夜中になると、そこには未来の連れ合いが映し出されると伝わっている。これも一つの魔を鏡に映しだす方法で、やや大きくなった嬰児というものは、ある程度俗に侵され煩悩が生じた存在として見られていた為では無かろうか。
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-20848918"
hx-vals='{"url":"https:\/\/dostoev.exblog.jp\/20848918\/","__csrf_value":"b4ef9ff11fcc5c91ebab85b49be0666fd75d3985b2c2497ab47f709a8082dac03c92b0cf5d950f0989c8d0f7d22e0b0acfc665412e26e910a04db470e1063a00"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">