山口部落の共同墓地(ダンノハナ)の入り口に、切り株に鎌の刃だけが置かれたものがあった。古いから捨てたわけでなく、意図的に置かれたものだろう。山口部落だけではないが、遠野では死体が起きない様棺桶に鎌を立てる風習があり、今でもそれを行っている地域がある。そういう意味から共同墓地に置かれたのは、その死体が起きない為でもあり、その死体を起そうとする魔を寄せ付けない為でもあるのだろう。
遠野では棺桶を猫が飛び越えると死体が起きるとも云われ、猫がその魔にも成り得ていた。ただ古くから樹木に鎌を打ち込むとは諏訪神社系で行われる
「薙鎌打ち神事」が有名だ。それは陰陽五行で風は木気であるから、それに打ち勝つ為
「金剋木」の呪術を成す為に、樹木に鎌の刃を打ち込んでいる。
新潟県や宮崎県では風は猫が起こすものと信じられていたのは、虎と猫が結びつけられたからだ。沿岸に虎舞が多いのも
「虎は風を司る」という事から、帆船時代にとって風は重要なものであった。風が無ければ船が進まず、漁に支障をきたす。それ故に、その風を司る虎を舞わせるという虎舞が広がった。陰陽五行において、虎は「木気」となるので、木に金属である鎌の刃を打ち付けるとは、まさしく「金剋木」であった。
しかし蛇神を祀る諏訪の場合、それは虎に対してではなく蛇を意識してのもののようだ。古代中国では、例えば「疾病」の「疾」は「病」であり「風」を意味する。この「疾」の漢字の中にある「矢」は「蛇」を意味している。体内に蛇が侵入するのは病となるという意味だ。
「遠野物語拾遺180」に、女性の秘部に蛇が侵入して、その女性がおかしくなっている記述があるが、蛇は体内に侵入するものであるという認識からの話であったろうし、それによっておかしくなった女は、蛇に操られた状態であった事を伝えている。
江戸時代の田舎で詠まれた川柳に
「田舎医者蛇を出したで名が高し」というのは、昔は男は褌で、女は腰巻という下半身が無防備な下着しか無い為に、よく女性の秘部に蛇が侵入したという事故が多かったらしい。実際に、昭和54年にも遠野でそういう事件が起きている。つまり実際に蛇が体内に侵入するという事は、病になるという事であり、それが人を操るという事に繋がったようだ。
恐らく、本来の魔とは「蛇」であり、それがいつしか「猫」に移行していったのは理解できるが、当然地域性はあるだろうが、それがいつの時代から伝わって来たのかは、今後の課題となる。