陸中国上閉伊郡附馬牛村字生出、樺山という家に今年の正月頃不思議な事が起こり始めた。事の起こりはこの家の息子がある日山から帰って来てちょっと炉傍においた斧や鉈がひょいとなくなった事からで、それからと言うものは、泊り客の樵夫共の腰に挟んである煙草入れがあれという間に抜き取られたり、ある晩などは家族泊り客十数人揃って夜飯の際、二、三人の膳が見る間に攫われたが、何物の仕業だがその手も無論姿などは煙のようにさえ見えなかった。
それからはその事が甚だしく評判になり、物好きの連中が日夜詰めかけて泊ったりしたが、そんな時にはいきなり頭を叩かれたり、また夜寝て居ようものなら枕を揺さぶり布団を上から押付け、あるいは擽ったりして徹夜必ず満足には寝せなかった。
ある夜近所の鉄砲撃ち共が行って、今夜こそ化物を仕留めてやろうと、鉄砲に実弾を込めて出て来るのを待ち構えていると、やにわにその鉄砲撃ちの腰から煙草入れが抜き取られた。すわ出たと言って筒先を何物もおらぬ空のところに差し向けると、その先が何時の間にかその家の主婦の顔面に差し向けられて凝乎と我知らず主人の眉間に差し向けている。はっと思って反らすと今度は嫁の鼻先に突きつけられているという始末。
この夜は殊の外暴れたので当家でも大きに持て余し、隣村松崎村字朝木の福泉寺という真言宗の名僧を招いて化物退散の祈祷をして貰うと、読経中に和尚の眉間に石木を投げつけてとても叶わぬ。さすがの名僧も御経をまとめて生命からがら逃げ帰ったと言うような話があった。この物、およそ冬季中そんな悪戯をしていたが春になると一向音沙汰無くなった。もうおらぬと言う。その故か何か知らぬが、その家の息子はこの頃発狂していると言うような噂もある。(大正十三年四月記)
佐々木喜善「遠野のザシキラワシとオシラサマ」
物語とは別に注目したいのは、現在の大出という名称が「生出」なっている事だ。岩手県内での「生出」は水の涌く場所に付けられている地名であるから、やはり大出も含め、大出の手前「小出」もまた、水が湧き出た生出ではなかったろうか?
ところで大出地域に、樺山という屋号の家は存在した。ただ、昭和40年頃に遠野の町に移転した為、現在は跡地があるだけのようだ。この話では、息子は発狂したとの噂も記されているが、実際に話を聞けるような人では無かったと小耳に挟んだ。

福泉寺の住職が登場しているが、福泉寺の創建は大正元年。事件は大正13年と記されているので、登場する住職は初代住職の佐々木宥尊氏と思われる。初代住職の佐々木宥尊氏は、太平洋戦争中に軍に呼ばれ、当時のアメリカ大統領であるルーズベルトを呪い殺そうと祈願したと聞いている。福泉寺は真言宗であるから、密教系にはこういった咒術とか魔物の調伏などが昔から知られる為に、今回の事件に関して白羽の矢が立ったのだろう。ただし福泉寺に問い合わせてみても、こういう事があったとは聞いた事が無いとの事だった。

ところで、この話を読み、真っ先に思い浮かんだのは「天狗の隠れ蓑」だった。読み様によっては、ポルターガイストや透明人間の仕業とも取れるが、話の流れはザシキワラシの流れからきている為、この悪戯もザシキワラシかもしれないが、どことなく子供の悪戯にしてはパワフルである。この正体を天狗にした方が、納得してしまうのだ。実際、真言宗の名僧であった福泉寺の住職でさえ調伏出来なかったのは験力法力の強い、住職より格上の天狗であるなら当然の事。
ただ
「天狗の隠れ蓑」は、あくまで昔話に登場するものしか知らなかったが、天狗がそういう隠れ蓑なるものを持っていたという伝承を調べてみた。殆どが昔話で知られる、彦一と天狗のやり取りで、天狗が隠れ蓑を騙し取られる話が多かった。天狗の権威も江戸時代となって下がり、恐れられた存在が、逆に人間に騙され馬鹿にされる存在に成り下がったのが江戸時代だった。ただ、隠れ蓑は天狗だけでは無く鬼や狐も有しているという伝承も見つけた。古くは鎌倉時代頃の
「保元物語」に"隠れ蓑"が登場している。
鬼は宝として隠れ蓑、隠れ笠、浮き靴、剣などを有する。「保元物語」
狐が隠れ蓑を被って姿を隠して、人間の世界をおびやかすという。(富山県)
戸下神楽の演目「山守」では、山人が隠れ蓑・隠れ笠、刀を差して山守杖を持ち、神主役に山の神の由来を語る。(宮崎県)
天狗は隠れ蓑を着て、人の話を後ろで聞いている。(滋賀県)
天狗は隠れ蓑・隠れ笠をつけるので姿が見えない。また、神通力を持っているので、どのような所にも行くことができ、どのようなものにも化けることができる。(石川県)
テンゴサマは大男で、隠れ蓑で姿を隠し夜まで遊んでいる子供をさらう。神隠しの原因だと言われる。さらって行くと、足を引き裂いたり馬糞に小豆をつけて食べさせる。(富山県)
この村に他総治という男がおり、ある夜天狗にさらわれて天狗飛切の魔術を修行した。それ以来他総治は空を飛んで奈良へ行ったり、隠れ蓑を使って伊賀上野へ行き買い物をしてきては村人を驚かせた。また、他総治の娘は雀の子を笊に2杯半も産み落とした。他総治は3年後に行方をくらませた。(奈良県)
この話も、妙なリアリティを持っており、思わず本当にあった事なのか?と信じてしまいそうではある。しかし、家の中に鉄砲を持ち込んで撃とうとするのは、余りにも現実離れしている。ただ言えるのは、やはり樺山という屋号の家で、何かの怪異が発生した事実はあったのではなかろうか?それが尾ひれはひれが付き、大袈裟な話になったのではと思うのだが…。
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-19851748"
hx-vals='{"url":"https:\/\/dostoev.exblog.jp\/19851748\/","__csrf_value":"5ca0e91d50316a92aa0c527e15c19154509d492bdec524207d76020a4b9f348d11f279ea5670d20a92c0d6cfdc3521c17fcb4a2ab2ad2125569e5df52fc2c4c9"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">