これは田尻丸吉と云ふ人が自ら遭ひたることなり。少年の頃ある夜常居より立ちて便所に行かんとして茶の間に入りしに、座敷との境に人立てり。幽かに茫としてはあれど、衣類の縞も眼鼻もよく見え、髪をば垂れたり。恐ろしけれどそこへ手を延ばして探りしに、板戸にがたと突き当り、戸のさんにも触りたり。されど我手は見えずして、其上に影のやうに重なりて人の形あり。その顔の所へ手を遣れば又手の上に顔見ゆ。常居に帰りて人々に話し、行燈を持ち行きて見たれば、既に何物も在らざりき。此人は近代的の人にて怜悧なる人なり。又虚言を為す人にも非ず。
「遠野物語82」
これを読んで、幽霊譚であると思う人は殆どだと思う。自分は見たが、それを人に話し、複数で確認しようと見に行ったら、何もいなくて見えなかったと、定番の様な話である。ただ特異なのは、田尻丸吉は幽霊らしきモノに対して、手を伸ばしたという事。これは普通では、恐ろしくて出来ない事である。つまり田尻丸吉は"怜悧な人"と記されている事から、物事を理性的に分析し確認する賢い人であったのだろう。
人が見えるものでも、手に出来ないものがある。例えばそれが月だとする。見えても手が届かないのは、遠近感で理解できる。しかしその人間の持ち得る遠近感が、鈍る場合がある。それは錯覚などとなり、見えるけれども通常とは違うものに感じてしまう不可思議さが伴う。夜空には、星が輝き、月が渡る。それが通常であり、手に届かないものと認識できる為に、それを手に取ろうとは誰もしない。しかし日常の家の中に、ある筈の無いモノがある場合、人はそれをどうするか?恐怖という障害が無い限りは、それを手に触れて見ようとする。ただ田尻丸吉は幽霊思しきものに対して恐怖を感じつつも手を伸ばすが、それを手にする事は出来なかった。それでは、その幽霊と思しき正体とは?
他の人々と見に行ったら、いなかったとあるが、正確には行燈を灯して確認しに行ったのである。そこでもう一つの考えが浮かぶ。明るいから見えなかったのか?である。普通の人であれば、真昼に空を見上げても、天空に輝く星空は太陽の光に負けて見えないもの。そこに存在するのがわかっていても見えないのが、真昼の星空である。または、昼間に見るホタルの発光か。つまり世の中には、明るい為に見えないものも、また存在する。
ただ不思議なのは、その幽霊と思しきものに手をかざすと、自分の手は見えなくなるが、その手に重なって、人の形が浮かび上がっている。まるで光が届かない、暗い水に手を入れたような描写である。鏡の原初は、水鏡から始まった。その水鏡は、角度によって風景を反射させる鏡になるのだが、やはり角度によっては反射させず、透明度によって川底を透過させて見せるくれるもの。水の様なとは言ったが、SF的に言えばホログラフィーが映し出された状態のようにも感じる。ある意味、ブロッケン現象のように、空気中に舞う塵に自分の体が投影されたのかのようにも感じる。
「新古今集」の
「神祇歌」に下記の様な歌がある。
鏡にも影みたらしの水の面に映るばかりの心とを知れこの歌の(注)に
「これもまた、賀茂に詣でたる人の夢に見え」と記されており
、「神鏡の面にも影が映り、御手洗川の水の面にも影が映っているほどの神の心であると知れ」という訳であり、その本意は
「神のお姿が神鏡や御手洗川に映って見えるのは、祈願に確かに答えられる。」という神意であると理解されている。心霊も神霊も、ある意味似た様なもので、普通には見えないものである。ここで言えるのは、目の前に写ったものは、田尻丸吉の心が投影されたものでは無かったかという事。それが恐怖であれば、幽霊のように思え、それが信仰心であるなら、神仏にも見える不可思議な説明出来ぬもの。とにかく現代では理解できない空間が「遠野物語」当時の時代には広がっていたという事だろう。
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-18668036"
hx-vals='{"url":"https:\/\/dostoev.exblog.jp\/18668036\/","__csrf_value":"fffde59fdc3b48892bc5428721ad98f3172e5c3ce6250a5faca2fd0b0127dd6c6e1c5efabf21e757ce9291f6500b65af57f5d4ef775e8ac9a56589f3b65cd36e"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">