野崎の佐々木長九郎と言う五十五、六の男が、木を取りに白見山に入り、
小屋を掛けて泊っていた時のことである。
ある夜谷の流れで米を磨いでいると、洞一つ隔てたあたりでしきりに木を
伐る音が聞こえ、やがて倒れる響がした。恐ろしくなって帰って来ると、
まさに小屋に入ろうとする時、待てえと引裂く様な声で何ものかが叫び、
小屋の中にいた者も皆顔色が無かった。やはり同じ頃のことで、これは
本人の直話であった。
「遠野物語拾遺117」
琴畑に住む人物の曾祖父が文久年間の頃、白見山方面へ行ったところ、沢山の住居跡があったのを目撃したという。また琴畑と山一つ隔てた恩徳では金が採れていた時代、やはの多くの者が山に居ついて住んでいたという。
誰しもがそうであるように、深夜に我が家の傍に不審な人物が来れば警戒し、または捕まえようとするもの。山とは何が棲んでいるかわからぬ恐ろしい場所と思う里の者にとって、山は人の住むところでは無いとの判断するのだが、山に住む者も確かにいた事実がある。この話は、山に住む者と里に住む者の視点によって変化しそうな話ではある。