橋野の沢の不動の祭りは、旧暦六月二十八日を中にして、年によって二月祭と
三月祭の、なかなか盛んなる祭であった。
この日には昔から、たとえ三粒でも必ず雨が降るといっていた。そのわけは
昔この社の祭の前日に、海から橋野川を遡って、一尾の鮫が参詣に来て不動
が滝の滝壺に入ったところが、祭日に余りに天気がよくて川水が乾いた為に、
水不足して海に帰れなくなり、わざわざ天から雨を降らせてもらって、水かさ
を増させて帰って往った。
その由来があるので、今なおいつの年の祭にも、必ず降ることになっていると
いい、この日には村人は畏れつつしんで、水浴は勿論、川の水さえ汲まぬ習慣
がある。
昔この禁を犯して水浴をした者があったところ、それまで連日の晴天であった
のが、にわかに大雨となり、大洪水がして田畑はいうに及ばず人家までも流さ
れた者が多かった。わけても禁を破った者は、家を流され、人も皆溺れて死ん
だと伝えられている。
「遠野物語拾遺33」
岩手県の景観賞も受賞している、瀧澤神社。岩盤の上に建立された本殿と、その下に広がる淵。その淵に水を注ぎ込む滝がある美しい景観の神社だ。里宮は橋野の集落にあるが、この画像の場所は瀧澤神社の奥の院となり、鮫が参詣に来たと伝えられる場所になる。
又、此の川上に石神あり、名を世田姫(または與止日女)といふ。海の神、
鰐魚と謂ふ 年常に、流れに逆ひて潜り上り、此の神の所に到るに、海の
底の小魚多に相従ふ。或は、人、其の魚を畏めば殃なく、或は、人、捕り
食へば死ぬることあり。凡て、此の魚等、二三日住まり、還りて海に入る。
「肥前國風土記(抜粋)」 
瀧澤神社の境内にある注連縄を張った石について別当に聞くと、竜神の石であるという。この「遠野物語拾遺33」に伝えられる伝説の古くは「肥前國風土記」から来ているのだろう。その影響を受けたのか、はたまたその信仰を持ち込んだ人間によって、この地に据え付けられたのかは不明だが、 共通する信仰はある筈だ。

瀧澤神社の里宮には不動尊の額が飾られ、今では不動明王を祀る社のようではあるが、伝えられる伝説の内容の後半は、禁を犯す事によって天罰が与えられるというものは、神の業となる。不動明王には、そういうものは存在しないのだ。つまり、不動明王は後に祀られたものである事が理解できる。

各風土記に荒ぶる女神の伝承が紹介されているのだが、人に対し祟りを成す存在の殆どが女神である。恐らく瀧澤神社に祀られる竜神の石とは女神の事であり、それを崇敬する鮫を含める水に棲むモノたち、水の神を信仰する人々にとっての聖域、神域が、この瀧澤神社の奥宮であろう。
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