宮守村字塚沢の多田といふ家は、神楽の太夫の家であったが、此家の権現様もやはり耳取権現と呼ばれて居る。是は或年の権現まはしの日に、他の村の権現と出合って喧嘩をして、片耳を取られたといふのである。耳は取られても霊験は尚あらたかで、或時家に失火のあった時などは、夜半に座敷でひどく荒れて家の人を起し、且つ自分も飛び廻って火を喰ひ消して居たといふことである。これは同家の息子の話であった。
「遠野物語拾遺59」
「注釈 遠野物語拾遺(上)」によれば、この多田家は塚沢不動尊社の別当であり、早池峰神楽の太夫家であったようだ。ただし遠野の早池峰神楽ではなく、大迫の早池峰神社に伝わる山伏神楽を習い伝承しているらしい。
権現様の舞には、五穀豊穣、厄災退散、火難防除、火防などがある事から、権現様が火防をするのは当然だとなるのだが、これは以前、権現様は火を自在に操るとして
「ゴンゲンサマ考(其の二)」で書き記した。しかし、火を自在に操るから火消をするというのには、少々疑問が残る。火を自在に操るとは本来、火の属性があるという事だろう。陰陽五行の「五行相剋」によれば「水剋火」で、火を消すのは水であり、火ではない。ところで気になるのは多田家が不動尊の別当だという事だ
。「遠野物語拾遺63」では、華厳院が火事になった時、童子二人が火消をしたというが、その正体は不動明王と大日如来であったか…となっているが、不動明王の脇侍を務める矜羯羅童子と制多迦童子の可能性も秘めている。
また早池峰に関係するならば
「遠野物語拾遺67」において無尽和尚が来迎石の上に登った後、急いで開慶水の水を天に向かって投げ散らすと、高野山の火災が鎮火したという。来迎石は水神である早池峰の姫神が降り立った石だ。つまり無尽和尚がその来迎石に乗ったという事は、神の力を得たに等しいのだと考える。つまり水神の持つ、水の力で火を消し止めたと考えるのが普通だろう。
また火防で有名な愛宕神社がある。
「遠野物語拾遺64」においても、愛宕様が和尚の姿となって火を消したのでは?という話になっているが、愛宕神社のの本山である京都の愛宕神社へ行くには「京都バス「清滝」終点下車して歩くか、JR「 保津峡」下車、歩いて水尾ルートを歩くという…地名からも水が豊富なイメージがある。愛宕神社の旧称は
「阿多古神社」というようだが、これは
「延喜式神名帳」に
「丹波国桑田郡 阿多古神社」とある事から、これに合せ後に「 阿多古神社」としたようだが、この 阿多古神社は亀岡市の愛宕神社であったようだ。京都の愛宕は、愛宕山が聳え、その辺の地域を愛宕郡というのだが、正式には愛宕郡(おたきぐん)と呼ぶのが正解らしい。つまり愛宕神社へ行く道のりが水溢れているように、愛宕は「おたき」で「お滝」から来ているのだという。つまり愛宕神社総本山である愛宕神社は水の属性があるという事だろう。それ故なのか、綾織の愛宕神社には水神である早池峰の姫神が祀られていた。

この「遠野物語拾遺59」での権現様の火消の能力は、不動明王、もしくは水神としての早池峰の姫神の影響を受けてのものではなかったのだろうか。その不動明王と早池峰の姫神は、遠野の早池峰神社へ行っても、その奥にある又一の滝へ行っても、水繋がりで結びつくのであるのだ。
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