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遠野七観音考(其の二)![]() 日本には、偶像崇拝というものがあるのか、ハッキリはわからない。原始信仰における土偶は、偶像というよりもシャーマン人形であったと考えられている。土偶が意図的に損傷されているの事に対し、民俗学的見解では「死と再生」を意味するという説は、どことなく観念的であり、曖昧な表現だと思う。 例えば古くから桜の木を敷地内に植える風習は、桜の木が人の身代わりになってくれると信じられていたからだ。桜…一般的にはソメイヨシノだが、樹齢はほぼ人間の寿命と同じで、樹木の様々な名称は、目(芽)歯(葉)鼻(花)指(細枝)耳(実)腕(枝)頭(梢)胴(幹)足(根)と、人間の体の部位に対比させられていた。つまり桜の木とは"人間の身代わり"になると信じられていたからだ。その為に、子供が生まれると一緒に桜の木を植えて、子供の病気など、悪いモノを桜に移し替えてきた。その根底には、人間の持つ純粋に、病気や怪我が無く、無事に過ごしたいという気持ちからであった。 土偶も人型に似せて造ってある事から、そういう意味合いを込めてのものであった可能性はあるだろう。「出雲国造神賀詞」を読むと…。 「豐葦原乃水穂國は、晝は五月蠅如す水沸き、夜は火瓫如す光く神在り、石根・木立・青水沫も事問ひて、荒ぶる國あり…。」とあり、古代の日本は跳梁跋扈する国であったようだ。そういう中、人間が我が身を守りたいと切実に願ったのが、うかがい知れる。その為に、様々なマジナイが誕生したのだろう。その一つが、生贄であったのかもしれない。そしてその生贄という概念を土偶に転化させれば、身代りとしての呪物になったのだろう。 「延喜式」の禊祓には、「金銀塗人形」が使用されたのは、やはり人間の代用品であり、身代りだと思う。有名な流し雛もまた、人間の身代わりに流されたものであるのを考えれば、日本に伝わる人形の殆どは、偶像では無く身代り人形であるのが理解できる。 また、観音像や地蔵などを橇遊びにして遊ぶ子供達を叱った大人が逆に祟りに遭う話が多いのも、あれは子供の保護も含める、一つの身代わりであるのだと考える。その遊びの行為は、呪術の最中でもあった為に、その行為を中断させた大人に、呪いが返ったものと考える。つまり本来、神仏像もまた人間の身代わりとして造られたのかもしれない。 林屋辰三「日本の古代文化」には、「涌出宮遺跡」に関しての記述が、下記のようにある。 「この祝園の第一日は、明らかに井水よりの神迎え神事である。」と。そして「3日間の神事の最終日を終えると、居残った若者が裸になって小川に飛び込み、火で暖を取る事を7度繰り返して垢離を取り、次に釜を縄ぞろというもので7度洗い、7掴みの白米を入れて、7把の肉桂の枝で炊き…。」とあり、7という数字と水との関係が見て取れる。「遠野七観音」に付随する七井戸の伝承だが、恐らく似たような概念の元に伝わったものでは無いかと考えている。 ![]() 不動明王の背後にある火炎は、悪鬼を焼き殺すと云われる。つまり炎による穢祓となる。水による穢祓が一般的になりつつも、炎の穢祓もまた存在する。コノハナサクヤヒメが3人の男神を火中で出産したのも、産屋の浄化としての機能を果たしていたものと考える。神であったから、炎の中でも無事に出産できたのだが、これが人間ならば焼け死んでしまう。実際に死体というものは、黒不浄と呼ばれる穢れの元だった。それを炎によって穢れを祓う。 また黄泉の国で死んだイザナミが復活する途中、腐敗している死体を雷が囲んでいた記述があるが、あれも死体に対する穢祓であったのだと思う。鍛冶技術集団の祖神は「天目一神」という「火雷神」と表記される事から、火と雷は同一と信じられていた。実際に、原初の火とは恐らく、落雷による火災からでないかとの考えもある。 ところで神以外に、火中で無事なものがある。それは土偶などの土人形と鉄などの金属である。これらはコノハナサクヤヒメが生んだ神々と同じに、炎の中で穢れが祓われ、神聖なものになる。 日本神話において、支配する神とは、殆ど火の神となる。当然の事ながら、火の神は日の神でもある。神楽歌を調べると、伊勢に「日霊女歌」というのがある。 如何ばかり 良き業してか 天照るや 日霊女の神を しばしとどめむ しばしとどめむ また「湯立歌」というのがある。 伊勢志摩の 海人の 刀禰らが 焼く火の気 おけ おけ 焼く火の気 磯良が崎に 薫りあふ おけ おけ この湯立の歌は「伊勢風土記」の伊勢国の火気(ほのけ)という火の信仰にも関わってくる。また別に「十一月中寅日鎮魂祭歌」の歌に気になる箇所がある。 あちめ おおお おおお おおお 上ります 豊日霊女が 御霊ほす 本は金矛 末は木矛 一般的に、天照大神は「古事記」などによれば、八咫の鏡に憑依したとあり、天照大神の依代は矛では無く、鏡である筈。矛は槍であり剣でもあり、それは蛇にも男根にも例えられるものであるから、本来は男神の依代が矛であるべきが、日霊女の依代になるとは有り得ない歌となる。まあ今では天照は男神であったという説は珍しいものではないのだが…。 ところでもう一つ「日本書紀」の「神代(第九段)」にて猿田彦を紹介するくだりに「眼は八咫鏡の如くして、てり然赤酸醤に似れり」という、現代で云うところの"目力"を強調する猿田彦の眼力に、他の神々は怯えてしまったが唯一、天鈿女だけが平気であったのは何故かという事。 ふと思い出したのは「ギリシア神話」においてのペルセウスのゴルゴン退治だった。ペルセウスはアテナの助力を得て、ゴルゴン退治をするのだが、アテナは本来、グラウコーピス・アテーネーと呼ぶが、それには「輝く瞳を持った者」という意味がある。ペルセウスはアテナから授かった鏡により、ゴルゴンの邪視を避ける事ができたのだが、これはある意味、ペルセウスがアテナの霊力を受けた巫女と同じと考えてもいいのではないだろうか。つまり天鈿女もまた、天照大神の霊力が憑依した存在の巫女であった為、神々の中で唯一猿田彦の邪視が通じなかったのだと考える。 猿田彦の眼の輝きの表現から、猿田彦は太陽神の称号を受けているが、天鈿女もまた天照大神の霊力が憑依した巫女であるならば、太陽VS太陽の戦いとなったのだろうか?その太陽同士の戦いに、天鈿女が勝ったのはやはり女性の魅力に男神が誘惑された為だろうか? 実は内宮所伝本「倭姫命世記」というものが、三浦茂久「古代日本の月信仰と再生思想」に紹介されていた。 「伊弉諾尊、筑紫の日向の橘の檍原に到りて、祓徐まするの時、亦右目を 洗ひて、月天子を生みます。亦天下り化生ますみ名は、天照皇太神の和魂也。」 「古事記」などでは右目から月読命が生れ、天照は左目から生まれているのだが、この内宮所伝本「倭姫命世記」では、天照大神は左目から生まれた月天子が天下って天照となつたとある。これをそのまま信じれば、天照とは月神であるという事になる。ただこれにより納得してしまうのが、天照の霊力を受けた巫女のような天鈿女が猿田彦に打ち勝った事だ。それは陰陽五行の五行相剋において「水は火に勝つ」からだ。 右手の「み」とは「水」を意味し、左手の「ひ」とは「火」を意味する。つまり太陽神でもある猿田彦は「火」であり、それに打ち勝った天鈿女は天照の霊力…つまり水の霊力を受けた為に「火に打ち勝った」と考えれば納得するのだ。 日本の神々の原初は、彦神と姫神の二人合わせたものだった。出雲において、二礼四拍一礼というものは「パンパン」と手を叩くのは、よく「お~い酒!」などと人を呼ぶ時に手を叩くのと同じだ。つまり「パンパン」「パンパン」と四拍するというのは、神殿にいる神霊を二人呼ぶ行為である。その原初の礼拝が出雲がそのまま伝えているのであった。そしてその彦神と姫神の組み合わせというのは、陰と陽の組み合わせであり、それは火の神と水の神の組み合わせが基本であった。 となれば、天照大神の本来とは、月神であり、月とは水に繋がりの深いものであるから、水の神であったのだろうか? 神には「和魂」「荒魂」があるというのはわかっているが、本来同一神から分離した魂であろうと、本体と同じ魂を有すると云われている。つまり火の神の荒魂は、あくまでも火の神であって水の神には成り得ないという事。内宮所伝本「倭姫命世記」が天照大神が月神が本当ならば、天照の荒魂も水神である事になる。この「倭姫命世記」には別に、こうある…。 荒宮一座 皇太神宮の荒魂。伊邪那岐大神所生神。八十禍津日神と名づくる也。一名瀬織津比咩是れ也。 ここで天照大神の荒魂が、早池峰に祀られる水神である瀬織津比咩であると。つまり天照が月神であり水神であって、その荒魂はやはり水神の瀬織津比咩となれば、水の霊力によって猿田彦に打ち勝ったのは納得できる。水は、火に打ち勝つのだ。だからなのか、火による穢祓よりも、水の霊力による穢祓を重視しているのが神道世界でもある。神社の本殿内を歩く時も、右足が決して左足の前をいかないように歩くのも、左である水を重要視しているからなのかもしれない。太陽も月も東から昇るのを考え合わせれば、南に向かって左側である東を重視するのは、相撲世界で東の正横綱が上位であるのや、右大臣よりも左大臣の方が位が上なのと同じだからだ。 その水の霊力を取り入れたであろう遠野七観音の呪法は、どこから来たのか次は考えてみたい。
by dostoev
| 2012-02-11 22:32
| 遠野七観音考
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