「早池峰神社略縁起」に、下記のような記述がある。
>跡伏し拝み、悉く信心す時に姫神達東山に登給いれるに、童子一人顕れ、
>かれに山々を問わしめ給へば、童子指さし向に見ゆるは
三女神を各山々に導いた者として、童子の姿がある。伝説や伝承には、しばしば翁や童子が登場して、その者なりを導く話が多い。童・童子・小童・天童と、探せば細かな名称は登場するけれど、つまり全て子供であるという事だ。では何故に、子供なのか?
一番古い記述となれば
「日本書紀」となり、その「日本書紀」では
ワタツミの神を
「少童命」と記している。また、
住吉の神を表して
「底津少童命・中津少童命・表津少童命」とされている。その後に天照大神やら素戔嗚やらが生まれたのも、ある意味三貴子を導いた存在が、少童命でもある住吉三神であった。
永留久恵「海童と天童」では、安曇族が信仰する磯良についても言及していた。磯良は亀に乗って水中を往来し、ある時は童型で、ある時は老翁の姿で現れる所伝もあるという。その磯良は水底に棲んでいて顔にカキなどが生え醜いとされるのは、底津少童の本義であり、海中を自在に活動する姿を中津少童であり、舵取りとなって導く様を表津少童の意味を表していると述べている。
よくナゾナゾに
「初めは四本足、次に二本足、最後に四本足はなぁ~に?」という問題の答えは人間であるが、別の答えとしては”同じ存在”という意味にもなる。また三面鏡という鏡がある。自分の姿が、三面に分かれて見る事ができる鏡だ。
数日前に第34回岩手県高等学校総合文祭・美術工芸部門 第49回県下高校美術展を見に、岩手県民会館へと行ってきた。作品の中に
「三面、今日」という題名の作品があった。三面鏡の中に、自分に内包する三面の姿が表されていた。合せ鏡の禁忌の話は多いが
「大船渡市史」には、いくつかの鏡を 使用して、未来を見るという呪法の事が記されている。実際に古代では、水鏡で神意を占う方法があった。また神話では天岩戸に隠れた天照大神を八咫鏡によって誘い出すのは、鏡にそれだけの霊力と神秘性があると信じられていた為だろう。古代の人々は、鏡に映った像を、その人物の分身として捉え、鏡に映る太陽は、太陽の御霊代とされた。それ故に八咫鏡は霊鏡とされたのはつまり、荒魂・和魂と霊力を分離させるモノとして着目されたのもあるのだろう。また名前においても、諱や字名と分けられるのも、一つの魂を保護する為でもあったのかもしれない。

三面大黒が古くから伝わっているように、この三面という定義は、古代から続いているよう。例えば、日本と限らないが時間を表す場合
「昨日・今日・明日」と分ける。例をいろいろ挙げればきりがないが、三と言う数字は霊数であって、甲賀三郎しかり、風の又三郎しかり、三の付く名前には超常的な力を持つ者がいる。つまり三つに分割するという考えは、力が三分割になるのでは無く、
三と言う霊力を持つための意義でもある事に注意しなければいけない。そしてその思想の発祥は、海人族から発生したと考えて、まず間違いは無いと思われる。それ故に、住吉三神・宗像三女神など様々に分割した神が存在するが、それは三と言う霊力を帯びる為に造られた神であると考える。
この
「早池峰神社略縁起」において、三女神を導いて分離させた少童そのものも、本来は一つの霊力を帯びた神であり、それは海人族の思想に基づいて造られた神であろう。つまり三山神話と呼ばれるものの殆どが、海人族の信仰する神が霊力を帯びたまま山に入って分離した形であろうと推測する。その本体は、三面鏡でもわかるように、中心に位地したものであろう。つまりここでは早池峰の女神が本体であり、それを三分割で表す事によって、霊力を増し、またその御霊を保護したものと捉える事ができる。
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