【山神と海神(遠野の説話)】
山神は竜宮の女を娶るが故に、海神と婿舅の関係あり。一日舅なる海神、
婿なる山神を山に訪ひ、問ひて言ふやう、
「山の物にて如何に此上なる佳味なるものありや」と。
山神答ふ、
「三月のコガネメンドリ(春の山雉の雌)こそ是ならめ。海の物の得て及ぶべきに非ず」
海神累ね問ふ、
「そは塩にて調味せずとも爾かく佳美なるや」
山神窮して辞なし。海神又問ふ、
「山中に産する樹木は幾何の多数ぞ」
山神曰く、
「カタスミにヤマングヮン」
言ひ予らざるに海神愕然として語なかりき。
* カタスミは木の名、ヤマングヮンは木の名ヤマグワの訛り。
之を「片隅に八万貫」と聞き誤りて愕けるとの意なり。
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この「遠野の説話」は
伊能嘉矩「遠野くさぐさ」に紹介されていたが、山幸彦が海神の娘である豊玉姫と結婚したように、どうも神々の世界は山神と海神の結び付きが多い…というより、それが古代は普通だったようである。
「早池峰妙泉寺文書」の中に
【早池峰妙泉寺世代年表】というのがあり、そこには
「延長年中、本宮后宮修理」とある。これはつまり、早池峰山頂には彦神とは別に后神(姫神)がいて、早池峰には男女両神がいたという事になる。姫神は現在の祭神である瀬織津比咩であろうが、彦神とは誰だったのか、現在のところ謎ではあるが、早池峰には太陽信仰の名残がある為に、恐らく太陽神であったのではないのかと思う。しかし、冒頭の山神と海神の結び付きを考えるのならば、姫神が海神であってそれは瀬織津比咩であり、その瀬織津比咩の出自が九州宗像の可能性があるのならば、広く九州に山神としていたのは誰であろう?という事になるだろう。それかまた別の山神との結び付きがあったのかは、未だ謎のままだ。ただし五葉山・六角牛山・早池峰山の一直線のラインは沿岸地からの三山となるらしく、胡散臭い
「竹内文書」には鵜草葺不合命の名前と共に早池峰が登場するので、個人的には完全に無視もできないのである…。