【新山神社】北上市更木第32地割141番地
社伝によれば、延文二年(1357)村の鎮守として勧請。文政年間(1818-1829)領主南部晴陽は社領を寄進し、南部家紋所付幔幕を奉納し、毎年例祭には代参者を参向させる。
現在、別当は変わったばかりで、この神社詳しく知る人はいないようだ。聞くところによると地域では大切に(実は、境内は汚なかった(ーー))している神社だという。


以前は、小さな石の祠だけであったそうで、名前も「新山神社」では無く「深山神社」であったと。この地域周辺での瀬織津比咩は新山様とも呼ばれる事から、いつしか深山神社ではなく新山神社と伝えられるようになったそうな。後に立派な社殿を建てたのが、どうも南部氏が入った文政年間のようだ。


地域の人数人から聞いたところ、瀬織津比咩という名は浸透しておらず、早池峰の姫神が祀られているとだけ認識されているようだ。また社殿の前に神域として、樹木から湧き出た井戸があり(現在は淀んで汚い…。)これらも早池峰と結び付いたのだとも云われているようである。
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