遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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「遠野物語拾遺229(抜け首)」

「遠野物語拾遺229(抜け首)」_f0075075_0224773.jpg

昔一日市の某という家の娘は抜け首だという評判であった。ある人が夜分に鍵町の橋の上まで来ると、若い女の首が落ちていて、ころころと転がった。近よれば後にすさり、近寄れば後にすさり、とうとうこの娘の家まで来ると、屋根の破窓から中に入ってしまったそうな。

                     「遠野物語拾遺229」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「遠野物語拾遺229」とは別に、遠野に伝わる「抜け首」の話として、下記のようなものがある。


今の新町の裏通り、智恩寺の向かい側に蕎麦屋があったのだが、その家の女房の首は毎晩抜けて、夜な夜な遠野の町を徘徊したらしい。いつの間にか、それが遠野中に知れ渡り"抜け首女房のいる蕎麦屋" と評判を呼び、繁盛したという…。


上記の話は恐らく「遠野物語拾遺229」と同じものだと思う。「遠野物語拾遺229」での鍵町の橋から、知恩寺の向いまで歩いてせいぜい1、2分程度だ。ただ「遠野物語拾遺229」が怪奇譚の様相を示すのに対し、別の伝承では、どことなくカラッと明るい話になっている。それは本来抜け首という話そのものが有り得ない話である為に、大人の間で伝わった話と、子供に話して聞かせ伝えた違いの差なのかもしれない。

次には、何故に抜け首の話が広まったか考えてみたい。
「遠野物語拾遺229(抜け首)」_f0075075_024321.jpg

話は少しズレるが、臭いの分子が空中を漂って鼻の粘膜に付着し、その刺激を信号として脳に送って脳に記憶・記録されるという。つまり"ウンコ"をウンコと認識できるのは、いつの間にかウンコの分子が、鼻の粘膜に付着しているからなそうだ(^^;

鼻の粘膜だけでなく、例えば眼の粘膜、舌の粘膜、性器の粘膜などは敏感で、それが永続的に認識されるという。完全に人間に当て嵌まるかどうか定かではないが、鮭が何故に故郷の川に帰って来るのかは、その故郷の川から発せられる情報…土壌の質や無機物、その土地に生える木や藻などの有機物が朽ちて発する臭いの情報が鮭の脳にインプットされるのだという。その臭いと同じに、眼の角膜から入った情報もまた、永続的に脳にインプットされているのだと思う。

何を言いたいのかと言うと、「抜け首」という架空の存在…いわゆる「ろくろ首」と云われる存在は、誰かが独自に創造した妖怪では無くて、日本人の脳にインプットされた情報から創造された妖怪であると考えるからだ。

普通であれば、身体から頭が切断されれば、その時点で人は死ぬ。そういうものを古代人は見、そういう意識を古代から語り継がれ、実際に戦や公開処刑などで、人々は、目の当たりにしてきた筈だ。しかしここで思う、何故に人が死ぬ公開処刑を人々は、見続けて来たのか?

処刑の場合、遠野でもあったが、強制的に処刑を見せた歴史もある。また別に、一人一人罪人の首に"のこ"を引いて、強制的に処刑に参加させられた場合もあるようだ。とにかく日本人もまた、長い歴史の間に、多くの身体と頭を切断されるシーンを見て来た歴史がある。

その斬首という処刑で、ひと際有名なのが伝説と化した、アテルイと平将門の斬首である。どちらも怨霊と化して、頭だけが空中を飛んで行った。それだけ怨みが深いのだ、という事を示すように。

ところで何故に「判官びいき」という言葉が広まったのかというと、反朝廷、反権力と思う人間が大多数を誇っていたからだと思う。関東から東北にかけて菅原道真を祀る天満宮などが多く建立された理由も、朝廷が恐れる存在が、菅原道真であったからだ。これは、西日本にも言える事。つまり全国の大半が、反権力思想を持つ者であった為であろう。


怨みを持って殺された、死んだ人は怨霊となる。これは御霊信仰ともなるのであるが、実際に怨みを抱くのは大抵"それ"を殺された一族であり、民族であると思う。また封建的な専制君主に対するものは、全国民が怨みを持つのは、現代でも続いているのが現状。この前のエジプトの暴動に死神が映った!!!とされるのも、そういう反権力の思想が働き、それを怨霊化させる事によって反政府の行為を正当化しようとする意図が、死神を作り出したのだと思う。

要は、過去のアテルイや平将門の首が斬首された時に、人々の心が怨霊化され、その伝説が日本中を縦断したものと考えてしまう。そして、何故に公開処刑を民衆は見続けて来た歴史があるのかも、それは第二・第三のアテルイや平将門を、人々が脳の一部で期待していたのでは無いか?と考えてしまう。

処刑を見てしまう行為というものは「怖いもの見たさ」なのかもしれない。確かに「怖いもの見たさ」という感覚は人間に潜む感覚で、否定できないもの。しかし処刑を見てしまうという行為の奥にある深層心理には、別の何かがあるのではと考える。西洋でいえば、死んだ後に復活するキリストを意識して、人々は処刑を見て来たのかもしれない。それを日本に当て嵌めれば当然、斬首された後に怨霊となり首だけ飛んで行ったという伝説となったアテルイや平将門に重ねるのは当然のような気がする。つまり西洋では、死後の復活という奇跡を信じたのに対し、日本では斬首の後に怨霊として復活する事に期待した深層心理があったのではなかろうか。

「怖いもの見たさ」と「奇跡を信じる」の根底には、似たようなものが流れているのだと思う。そしてそれには、その処刑される人物の存在が大きいのだろう。

遠野では、女の殿様となった清心尼公時代、現代で言うところの「不倫」をしただけで処刑された。しかしその程度で処刑されても、それは庶民の間では怨霊にはなれなかったろう。中世という時代に、天武天皇の御陵が暴かれ、頭蓋骨が盗まれた事件が起きた。犯人はどうも、その天武天皇の 頭蓋骨を呪術に使用する為、盗み出したようである。

これは呪術に際しての頭蓋骨も、能力を持つ者か聖職者か、血筋が高貴な者でこそ、その呪術が発動されるという定義があったようだ。つまり処刑におけるその後の伝説を作る存在も"そういう存在"ではいけなかったのだろう。

頭と身体を切り離されても怨霊として生きるというものは、アテルイに始まり、平将門でピークに達し人々にインプットされた魂の記憶が時代を経て、後は「化ける=女」という図式に当て嵌められて「ろくろ首」という妖怪が発生したものと考える。

それともう一つ、人々に恐怖をもたらすものに「遠野物語拾遺229」の文に、下記のようなものがある。


「屋根の破窓から中に入ってしまったそうな。」


恐怖心を呼び起こす場合の大抵は、闇である。闇とは、先の見えない状態であり、予測のつかない状況である。理解できないものの前では、人はそこに恐怖するものだ。例えが悪いがキチガイを恐ろしいと感じるのは「何をするかわからない。」からだ。海に潜って、底の見えない海に接した場合も、大抵の人々は怖くなるという。

この「遠野物語拾遺229」での「破窓」とは通常で無い状態。そして恐らくだが、人間の頭だけがどうにか通り抜けられる大きさの破窓だと察する。

例えば日常において、自分が寝る部屋の押し入れの扉に、少しの隙間があった場合。もしくは、窓や窓を覆う筈のカーテンがきちんと閉まっていない場合。そういう時に人は、その奥にあるかもしれない可能性を考えてしまうもの。その可能性とは非現実的なものであり、大抵の場合は恐怖を生み出すモノだと思う。

自分も小学生の頃、恐怖映画を観た後に、カーテンを開けるのが怖い時があった。もしかして、カーテンを開けたら、そこに誰かが立っているんじゃないか!?という恐怖の想像力が、カーテンを開ける勇気を無くしていた。とにかく、見えない場所にこそ恐怖の想像力は広がるもの。

この「遠野物語拾遺229」に表される破窓も、一つの恐怖の出入りする空間であると思う。つまり、その破窓から、もしかして人の顔が出てきたらという恐怖の想像力を醸し出す小道具としての破窓であったと思うし、そういう認識を持っている人が多いという意識もあったのではなかろうか。
by dostoev | 2011-02-28 01:00 | 「遠野物語拾遺考」220話~
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