【江刺、大迫の女神伝承】
大迫の亀ヶ森という丘陵に、二人の女神が宿を取った。妹は、早池峰の女神になりたいと願ったが、姉はただ天の意志にまかせるのだとし、妹を諌めた。ところが妹は、蓮の蕾を取って早く花を咲かせる事が出来たものが、早池峰の女神となる事を提案したのだと。
気立てが優しい、のんびりした姉は一日中、花の咲くのを岸から待ち続けた。機転のきく妹は、蓮の花が朝方にしか咲かないのを知っているので、日中は遊んで、早朝に起きて蓮を見ていたそうな。その三日後、姉がまだ寝ている間に、蓮の花が咲いた。妹は素早く蓮の花を取って早池峰へと飛んだという事だ。姉は泣く泣く、麓山の姫神になったそうである。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この大迫とは、稗貫郡(現在は花巻市)の大迫では無く、江刺に属する大迫である。大迫という地名は”山間の地”という意味らしい。実際にこの大迫は、まさに山間の僅かな場所に人々が暮らしているような土地である。
実は、この江刺の大迫の姫神伝承はかなり古いらしく。この江刺の大迫に流れ着いて定着した菊池という人物が伝えた伝説であるらしい。この大迫の部落では七月の早池峰の御山開きには、早池峰講を組織して、この伝承を運んだ菊池一族の総本家の当主を先頭に、早池峰登拝へ行っていたのだという。
この江刺大迫の菊池一族は、稗貫郡大迫の岳部落を訪れて、早池峰の新山宮に一番近い宿坊に泊ったという。岳部落では、江刺大迫の菊池一族には昔から、一番近い宿坊を与えるのが取り決めであったらしい。また早池峰の祭の日には菊池一族の当主が内陣まで土足で入る事が出来、祈祷を特別に受ける慣例を持っていたという。この菊池一族は、伝え聞くところによると九州から渡って来た一族で、この早池峰と姫神を、こよなく愛していたという。
実は、この江刺大迫に伝わる伝承として、この姫神伝説が現在の稗貫郡大迫町に伝わり、それから”大迫”という地名が付いたという事である。また姫神が宿にしたという亀ヶ森もまた、そのまま現在の大迫に伝えられ地名として存在している。大迫町役場に問い合わせても、いつから大迫という地名になったかは、誰も知らないという事であった。唯一「地名辞典」から、早池峰山の山間の地形から”大迫”であろうという判断しか出来ないそうである。

この大迫に伝わる亀ヶ森であり、以前は聖地であり鬱蒼とした木々に覆われていたという。しかし平成の世に入り、伝承も薄れた為なのか、殆どの木を伐採したのだと。実は亀ヶ森の木々により、周囲の田んぼが日陰になる為に、仕方なく伐採したとの事。高台から望む亀ヶ森は確かに亀のようにも見え、木々に覆われていた時代は、周囲の田んぼに水が引かれた時には、水に泳ぐ亀のようであったそうな。この亀ヶ森は、いつの頃か三件の菊池家の共同墓地となったようだ。また、この江刺大迫の部落に住む人々の姓は、何故か”菊池”と”安倍”だけであるそうだ。
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