遠野の町は南北の川の落合に在り。以前は七七十里とて、
七つの渓谷各七十里の奥より売買の貨物を聚め、其市の
日は馬千匹、人千人の賑はしさなりき。
四方の山々の中に最も秀でたるを早池峯と云ふ。北の附
馬牛の奥に在り。東の方には六角牛山立てり。石神と云
ふ山は附馬牛と達曾部との間に在りて、その高さ前の二
つよりも劣れり。
大昔に女神あり、三人の娘を伴ひて此高原に来り、今の
来内村の伊豆権現の社にある処に宿りし夜、今夜よき夢
を見たらん娘によき山を与ふべしと母の神の語りて寝た
りしに、夜深く天より霊華降りて姉の姫の胸の上に止ま
りしを、末の姫目覚めて窃かに之を取り、我胸の上に載
せたりしかば、終に最も美しき早池峯の山を得、姉たち
は六角牛と石神とを得たり。若き三人の女神各三の山に
住し今も之を領したまふ故に、遠野の女どもは其妬を畏
れて今も此山には遊ばずと云へり。
「遠野物語2話(抜粋)」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
こうして「遠野物語2話」には、大昔に女神あり…と伝えられているが、その遠野三山に祀られている女神の伝説は、他にもいくつかある。
【伝説その1】
安倍宗任の妻「おない」の方は「おいし」「おろく」「おはつ」の三人の娘
を引き連れて、上閉伊郡の山中に隠れる。
其の後「おない」は、人民の難産・難病を治療する事を知り、大いに人命を
助け、その功により死後は、来内の伊豆権現に合祀される。
三人の娘達も大いに人民の助かる事を教え、人民を救いて、人民より神の如く
仰がれ其の後附馬牛村「神遺」に於いて別れ三所のお山に登りて、其の後は
一切見えずになりたり。
それから「おいしかみ」「おろくこし」「おはやつね」の山名起これり。
此の三山は神代の昔より姫神等の鎮座せるお山なれば、里人これを合祀せし
ものなり。
【伝説その2】
坂上田村麻呂、東夷征伐の時、奥州の国津神の後胤なる玉山立烏帽子姫
という者あり。田村麻呂は東奥を守護せり後、立烏帽子姫と夫婦になり
て、一男一女を産めり。其の名を「田村義道」「松林姫」と言へり。
其の後「松林姫」は三女を産む。「お石」「お六」「お初」と言った。
三人は各所にありしが牛や鳥に乗りて集まりし所を附馬牛という附馬牛
にて、到着の儀なり。
天長年間、「お石」は我が守護神として崇敬せし速佐須良姫の御霊代を
奉じて石上山に登り、「お六」は、守護神の速秋津姫の御霊代を奉じて
六角牛山に登り、「お初」は瀬織津姫の御霊代を奉じて早池峰へと登った。
【伝説その3】
来内に六陸田という地があり、ここは太古は池であった。
この池に、お早、お六、お石という三匹の蛇がいた。この蛇たちは水神でも
あったから、遠野三山の水源で神になろうと、この六陸田の地から一直線に
天ヶ森へ経て、長峰七日路に水無しという水の無い峰を越え、現在の神遺峠
の神分の社に来て泊まった。
蛇たちは、天から蓮華の花が降ってきた者が、早池峰の主になる事にしよう
と話し合って、眠りに就いた。明け方近く、それは姉の胸に降ってきた。と
ころが、末の妹の蛇は、寝ずに待ちうけていてすぐに起き上がり、それをそっ
と自分の胸に置いて、寝たふりをした。
みんなが目を覚ました時、末の娘の蛇は、約束通り、天の神が私を早池峰の
女神に選びましたと言って、早池峰に飛び去った。姉は怒って早池峰と背中
合わせの、一番低い石上山の、中の姉は六角牛の女神になった。この為、遠
野三山は、女が登れば妬み、男の登るのを喜んだので、女人禁制の山になっ
たという。
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