遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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「遠野物語拾遺20&21(復活する樹木)」

f0075075_1759269.jpg

昔栗林村の太田に大きな杉の木があった。その名を一の権現といって、五里
も離れた笛吹峠の上から、見える程の大木であった。ある年わけがあってそ
の木を伐り倒すことになったが、朝から晩まで挽いても鋸屑が一夜のうちに
元通りにくっついて、幾日かかっても挽き切ることが出来なかった。

ところがある夜の夢に、せの木という樹がやって来て、あの切屑を毎晩焼き
棄ててしまったら、すぐに伐り倒せると教えてくれた。

次の日からその通りにすると、はたして大杉は倒されてしまった。しかし多く
の樹木は仲間の権現が、せの木の為に殺されたといって、それからはせの
木と附合いをしないことにした。

                      「遠野物語拾遺20」

f0075075_181580.jpg

金沢村の字長谷は、土淵村字栃内の琴畑と、背中合わせになった部落であ
る。その長谷に曲栃という家があり、その家の後ろに滝明神という祠があって、
その境内に昔大きな栃の木があった。

ある時大槌浜の人たちが船にしようと思って、この木を所望して伐りにかかっ
たが、いくら伐っても翌日行って見ると、切屑が元木についてどうしても伐る
倒すことは出来なかった。

皆が困りきっているところへ、ちょうど来合わせた旅の乞食があった。そういう
事はよく古木にはあるものだが、それは焼き伐りにすれば無難く伐り倒すこと
が出来るものだと教えてくれた。それでようやくのことでこの栃の木を伐り倒し
て、金沢川に流し下すと、流れて川下の壺桐の淵まで行って、倒さに落ち沈ん
で再び浮かび揚がらず、そのままその淵のぬしになってしまったそうな。

この曲栃の家には美しい一人の娘があった。いつも夕方になると家の後ろの大
栃の樹の下に行き、幹にもたれて居り居りしたものであったが、某木が大槌の
人に買われて行くということを聞いてから、伐らせたくないといって毎日毎夜泣い
ていた。

それがとうとう金沢川へ、伐って流して下すのを見ると、気狂の様になって泣き
ながらその木の後について往き、いきなり壺桐の淵に飛込んで沈んでいる木に
抱きついて死んでしまった。

そうして娘の亡骸はついに浮かび出でなかった。天気の良い日には今でも水の
底に、羽の生えたような大木の姿が見えるという事である。

                     「遠野物語拾遺21」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
何度切り倒してももと通りに戻る樹木の話は、世界的な広がりをみせ、決して「遠野物語」の世界だけではない。気になるのは、古木となり神に等しい樹木を切り倒す非情な話に注目すべきなのだろう。
f0075075_183326.jpg

遠野の綾織町に「田屋の大杉」という樹齢約1500年、遠野市指定天然記念物の大杉がある。昔、この大杉を切り倒そうとし、傷を附けた時に血が流れたという伝説がある。

大正元年、遠野に福泉寺という新しい寺が建立された。その後の昭和25年、大きな観音像を彫ろうと、福泉寺二代目住職が、この田屋の大杉が注目したのだが、血が流れたという伝説により、持ち主に拒否されたという話がある。福泉寺は代わりに、同じ綾織の石神神社の松の木を手に入れ、現在の福泉寺の大観音となっている。

原始的な縄文時代の信仰には、かならず巨木に対する信仰が根強く残っており、決して古木である巨木を切り倒すという考えは浮かばなかった筈だ。何故ならその時代、年老いた樹木は神であったからだ。

世界へ目を向けてみると、唯一絶対神であるキリスト教が広まりつつある時代、そのキリスト教が北欧へ侵入した。その頃の北欧は、樹神崇拝が盛んであったという。今でも北欧の家具の評価が高いのは、優れた樹木が育つ環境と、それを守る人々がいるからなのだろう。しかし、キリスト教は北欧世界に信仰を広げる為、邪魔になったその樹神崇拝を根絶やしにする為、いろいろな理屈を付けて樹木の伐採を行ったというのだ。

ヨーロッパには以前、広大な森林が存在した。しかし、遊牧が進むと共に平行して森林が伐採されていった背後には、原始的な樹木信仰の根絶やしという目的もあったのだという。つまりこれは、唯一絶対であるキリスト教などは、他の神々を受け付けず、原始的な多神教世界を崩壊させたという事だ。

日本はその点、江戸時代までは完全とは言わないまでも、キリスト教が禁止されていた為か、先進国の中での森林占有率は世界を見渡してもかなり高い。ただし、その日本も仏教が伝来されて、かなりの寺院建設が施行され、災害が頻繁に起き始めた為に、平安時代の末期には山の樹木の伐採禁止令が出されて、どうにか森林を保った形となった。

仏教もまた、原始的な樹木信仰を阻害する宗教であった。例えば、樹木から仏を彫る場合「樹木には神が宿る。その神が宿る樹木から仏様を彫るという事は、神と仏が同じなのである。」という屁理屈をこねて、古来から信仰されていた樹木信仰を懐柔していき、かなりの樹木を伐採させていったのである。

世界的な規模で、樹木が伐採される殆どは、宗教との絡みが多いようである。宗教と共に、産業や文化が発達したというのもあるのだが、本来は古来から根付いていた、原始的信仰の根絶が目的であったようだ。

さてこの「遠野物語拾遺20&21」の話は、逆に伐採する側の非情さに焦点を当てているのは、古来の樹木信仰の根強さを示しているものだと考える。切り倒されても、その切屑から復活する樹木。その樹木の、驚嘆する反骨の精神。しかし時代は非情なまでに、その樹木の命を刈り倒した悲惨な時代の流れを表現している。

また、しばしば樹木と蛇が同一であるという意識が、縄文時代の信仰には、あったようだ。「遠野物語拾遺21」において、壺桐の淵に沈む栃の木。その沈んだ栃の木にしがみついて、自らの命を絶った娘とは、その淵に棲む蛇となった事を表現しているようでもある。

淵などの水辺に祀られる大抵は水神であり、その水神の殆どが龍であり蛇であるのは「遠野物語拾遺」に紹介されている「おせんヶ淵」でも明らかだ。原型は「龍の子太郎」であろうが、神であれ魔物であれ、それらと交信する存在は、女性となる。しばしばその女性達は、神であれ魔物であれ引き寄せられ、同化してしまう。この「遠野物語拾遺21」の娘もまた、異界に引き込まれ魔と化した話でもあると思う。

ところで「遠野物語拾遺20」では、せの木が仲間である筈の杉の木の弱点を教えたという話。調べると、妖怪が人間に味方、やはり同じ仲間である筈の妖怪の弱点を教えるというのは、よくある。この場合は、傍若無人の妖怪である為、嫌われている場合が多いのだけれど、せの木の話の場合、どちらかというと仲間を裏切るといった話になってしまう。似たような話は無いかと、調べると「北欧神話」の「ロキ」が「せの木」に近い。


【北欧神話(バルドル)】


バルドルは神々の中でもっとも美しく万人に愛された。ある日から悪夢を見る
ようになると、これを心配した母フリッグは世界中の生物・無生物に彼を傷つけ
ないよう約束させた。そのため、いかなる武器でも彼を傷つけることは出来なく
なった。

だがこのとき実は、たった一つ、ヤドリギだけは若すぎて契約が出来ていなか
った。

傷つかなくなったバルドルを祝い、神々はバルドルに様々なものを投げつける
という娯楽にふけっていた。だが、ヤドリギのことを知ったロキが、バルドルの
兄弟で盲目のために遊戯の輪から外れていた神ヘズをたぶらかし、ヤドリギを
投げさせた。これによりバルドルは命を落としてしまった。

これを嘆いたフリッグに応えて、バルドルの弟のヘルモードが死の国ヘルヘイム
へ向かい、女王ヘルに彼を生き返らせてくれと頼んだ。ヘルは「本当に、全世界
の者が彼のために泣いているというならば生き返らせてやろう」と約束した。

フリッグの頼みで、本当に全世界のあらゆる生物・無生物が彼のために泣いた。
ところが、たった一人、巨人の女セックが泣かなかったのでバルドルは戻ってこ
なかった。このセックの正体は実はロキで、このことから彼は神々に捕らえられ
罰を受けることになった。



北欧と日本の共通点は、樹木に対する信仰が深かった事。そういう樹木に対する信仰心が、日本に伝わり、似たような話となった可能性は否定できないかもだ。「せの木」を調べたら、やはり遠野地方では若干訛りが入り「せんの木」となる。正確には「針桐(はりぎり)」ところで 「ヤドリギ」と「せの木」の共通点が一つ。

実は「せの木」は、タラの芽の如く、棘が生えており木としては重みが無い存在。1本の細くて軽い、タラの芽のように、成長してもたかがしれていると思われていたようだ。実際は大木にもなるのが「せの木」であったのだが、とにかく古来は木として認めてもらえていない存在であったようだ。「北欧神話」において「ヤドリギ」もまた樹木としては軽んじられている存在であった為、契約の対象とならなかった為に、バルドルは「ヤドリギ」によって命を落とした。

この「遠野物語拾遺20」と「北欧神話(バルドル)」 との共通点は、皆から愛されている存在が、逆に皆から認めてもらえない存在によって命を落としてしまうという話となっている。
f0075075_1821323.jpg

木屑を燃やして、大木の復活を防いだわけだが、木屑はコケラとも言い、伊勢の式年遷宮の時、神木を伐採した際参列者に、そのコケラを配って持って帰ってもらったらしい。これがどうも「こけら落とし」の始まりのようだ。

日本で大木を切り倒す場合、そのコケラを燃やす方法が掲載されている一番古いものは室町時代に成立した「三国伝記」のようだ。ただそれ以前、平安時代成立の「今昔物語」では、大木を切り倒す場合「大祓祝詞」を読むとある。つまり、様式?が変わった事を示す。ところで文明年間から慶長年間(1469~1596)までの間、王子神社に記載されている人名には草木の名が付いた人名が、いくつかある。


*松 74
*楠 68
*菊  7
*藤  4
*竹  2
*梅  1
*森  3



圧倒的に、松と楠となっている。しかし楠は、自分の住む地方には無い木(確か?)であり、大抵は西日本に多い。南方熊楠の名前でも有名なように、熊野神社と楠の関係は深かった。ただし楠の一番多く生えている地域は、九州となる。縄文時代の植生の主体は「シイ・カシ・クス・タブ・ツバキ…。」であったように、松の木が日本に登場するのは、弥生時代以降であるようだ。

やはり弥生時代は農耕が盛んとなり、森林が伐採され、所謂第一次環境破壊が起こったのが、弥生時代であったようだ。その為、痩せ地となった場所に木を植える場合、大陸から取り寄せられた松の木が多く植えられたのだという。松の木は、痩せた荒地にも力強く成長するのでもってこいの樹木だったらしい。

松の語源はいろいろあるようだが、基本的には「祀る」からきているのでは?というものがある。三保の松原の天女の話のように、松の木を目安に天女は降りてくる。 門松もそうだが、松には神霊が降りてくるのだろう。それと中国思想の不老不死の観念が入り込み、松には長寿のイメージも定着した。よく披露宴で歌われる「高砂や…。」は、世阿弥の「高砂」であり、松の永遠を説いで、夫婦の永遠性に掛けるというもの。しかし、松の寿命と楠の寿命を比較すると、松の木は楠に、とてもかなうものではない。他の樹木と比べても、松の木の寿命はたかがしれてる。つまり、どこかで松の神聖を強調する為の何かがあったのかもしれない。

ところで古来、楠という漢字が名前に付けられた歴史があったのだが、江戸時代には殆ど見られなくなったのだという。先にも述べたように、楠は縄文時代を象徴する樹木で、古来から日本に根付いてきた樹木。かたや松の木は、渡来の樹木であり、弥生時代を象徴するの樹木でもある。これはあたかも、縄文文化の死をもあらわしているかもしれない。

いや、大木を切り倒す話は、日本全国にあるが、大抵の場合は楠であり、松の木は無い。ただし、遠野七観音の一つの説には、附馬牛の沢の口にあった、巨大な松の木を切り倒して、七観音が彫られたというものがある。しかしそれでも松の木を切り倒した話は、楠の比較とならない。つまりこれは、縄文時代から続く、樹木信仰の根絶をも意図したのが、この大木を切り倒す話だったのかもしれない。

ただこの渡来の松の木は時代が経つとともに、益々需要が上ってきた。これは、松脂油が灯火燃料として高まった為であるようだ。いろいろな所で松の木の根株を取ってはいけないという条例が出たようで、これは松の木の根には、先程述べた松脂油が多い為だった。しかし、根株まで取ってしまうと、山の安定は崩れ、土砂が流れやすくなり、災害の発生となったのが、この松の木の根株を取ってはならぬという条例であったようだ。

世が乱れると戦が反乱し、それに比例するように松の木が数多く植えられ始めたようだ。かがり火など、夜営する場合に必要な樹木が松の木であったのが大きい理由だ。なので挙って、戦国武将達は、松の木を植えたという。ただ神社仏閣では、補修材として昔から栗の木を使用していた為に、神社仏閣の傍には栗林が多かったとの事。それとは別に杉の木も補修材として使用されたという。つまり、神社仏閣周辺の森林は、合理的に作られてきたという事だ。しかし、時代の推移と共に、杉は残ったが栗林は消滅してしまった。家屋の材木に使用されるのが杉の木で定着してしまった為のようだ。

栗の木もまた、縄文時代から続く樹木であり、栗の木はその実が食となり、木そのものは住居となっていた。桃栗三年柿八年といわれる様に、伐採した後に植えても、すぐに成長するのが栗の木であったのだが、楠同様、栗の木という縄文時代からの樹木が減っていく…。
by dostoev | 2010-12-06 18:25 | 「遠野物語拾遺考」20話~
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