土淵村山口の内川某という家は、今から十年前に瓦解したが、一時この家が
空家になっていた頃、夜中になると奥座敷の方に幽かに火がともり、誰とも
知らず低い声で経を読む声がした。往来のすぐ近くの家だから、若い者など
がまたかと言って立寄って見ると、御経の声も燈火ももう消えている。これと
同様のことは栃内の和野の、菊池某氏が瓦解した際にもあったことだという。
「遠野物語拾遺94」
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例えば遠野の青笹地区で発刊された
「ものがたり青笹」という本の中に紹介されている話には、最近の奇妙な出来事がある。
【樵の怪音】
菊池某さんの家の近くに、かやぶき屋根の小屋があり、そこにはいつも薪が
沢山置いてあります。この小屋から、冬になると「カーン、カーン」と木を
切るような音が聞こえてきたり、夏には「コーン、コーン」と薪を割るよう
な音が聞こえてくる事があるそうです。
昔、この小屋には、貧しい樵が一人で住んでいました。ある日、その樵がい
つものように山に行って木を切っているうち、ちょっとした弾みで自分の切
った木の下敷きになり死んでしまいました。それ以来、この小屋からは木を
切る音や、薪を割る音が聞こえるようになったのだそうです。
【ミシンの音】
以前、善応寺のあったと云われる辺りに、お稲荷様の祠がある。その祠の中
に古い足踏みミシンが入っているのだが、酉の刻頃になると、そのミシンが
「カタカタ…。」と鳴り出し、たまに女の人の低い声もするんだそうだ。と
ころが、誰か居るのかと中を覗いて見ても誰もいない。その音を聞いた人は
何人もいるのだそうだ。
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ふと思い出したのは、上田秋成の「雨月物語」の中にある「浅茅が宿」だった。本文中では、その時の出来事を狐狸の類であるかと感じた節もあったのだが、実際は待っていた妻の魂がそれを見せたのだろうという事になっている。この「浅茅が宿」をある学者は、まるで「遠野物語」に登場するマヨヒガのようでもある…と述べた人もいたが、廃屋にはいろいろな意味で、異界となるものだと考える。
人の想いというものは強いもので、例えば子供が暗闇を怖いと思えば、全ての音などが怪しいモノに思える。ましてや、その地で人が死んだりすれば、その思いが土地や家なりに憑くものだという宗教の概念や他人の意志が入り込み、その怪奇現象を作り上げる場合もあるのだろう。音などというものは、その場所の構造により、遠くのものが聞こえる場合もある。熊野の山林でも、かなり遠い音が近くに聞こえるという木霊現象もあり、音の怪というものは聞える筈の無い場所に聞こえるのは、いろいろなものが複雑に絡み合うのだろう。また理解できないものを簡単に狐狸の類にする考えも、かなり古くから人々の間で伝われてきた。