
遠野の黒色を感じるのは、盆地のせいか日が昇るのが遅く、日が暮れるのが早い。つまり闇の時間が多い為に、その黒色という闇の色に長く接する事になる。闇の黒は、葬式などの白黒の幕から容易に連想できる。参列者が何故喪服で、遺体が何故白装束なのかは宗教的なものだ。参列者が白い服を着れば、死人は仲間、もしくは光だと勘違いし、成仏の妨げになるという。その為に参列者は喪服を纏うという。つまり闇の黒色は、死人でさえ不安にする色なのだろう。また日常接する生き物に、闇の黒色を現すカラスに沢山遭遇すると思う。
「明けがらす」という遠野銘菓があるが、これは上の写真の様に、夜明けと共に飛び交うカラスをイメージしたものだが、やは太陽の黒点という意識があるのだろうか…遠野市青笹町では、カラスを”オミサキサマ”と呼び、カラスに対し、年に一度餅をカラスが飛び交う上空に投げてやる風習が、かってはあった。実は、この青笹町には古くから伝わる熊野神社が存在し、この熊野神社を青笹の地に運び伝えたのは、九州は熊本から来た「菊池」という人物であったと。だからか、この熊野神社の在る集落の全てが菊池姓を名乗る。

また「熊野神社」の別称は遠野において「カラス神社」と伝わるのは、ヤタノガラスの信仰が根付いている為なのだろう。天のヤチマタにいた猿田彦が、神々を先導したという話。また、ヤタノガラスが神武天皇を導いた話。古来から、人々を導く指針となったのは、天体の太陽であり、月であり、星々だった。光を発する猿田彦は、どこか天体を意識せざるおえない。カラスもまた、世界中で太陽の黒点となった民話も多くある事から、やはり天体を意識してしまう。ちなみに猿田彦の居た八衢(ヤチマタ)は「星座で読み解く日本神話」では「昴」と。だから「オミサキサマ」と呼ばれたカラスは、岬・御崎などという突端・先頭をイメージしてしまい、人々を先導する意味合いを感じてしまう。
太陽信仰に加え、熊野信仰も含めて、その使者であるカラスを「オミサキサマ」として崇めたのは当然の結果か。しかし「遠野物語」には不吉な鳥としての存在にもなるカラスは、太陽の黒色と闇の黒色を有する、吉凶両極端な存在ではある。