遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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倭文神社と瀬織津姫

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祭神は 天照皇大神 瀬織津姫命  下照姫命


慶長年間に、文殊菩薩を勧請したという事だが、明治時代の神仏分離によって、倭文神社と改めたとある。つまり元の形に戻ったものだと思われる。土淵町の諸社を合祀したという事だが、琴畑の白滝神社から瀬織津姫が合祀され、今では瀬織津姫を祀るという事らしい。

瀬織津姫は、天照大神の荒魂だと云われる。また偽書と云われる「ホツマタエ」においては、男神である天照大神の妻として瀬織津姫があり、下照姫は、その天照大神の妹と名乗っている。また下照姫は、宗像三女神の多紀理毘売命の娘だとされるが、瀬織津姫は、やはり宗像三女神の湍津姫と同一視される。

天照大神以外は、水神でもある下照姫と瀬織津姫が、この倭文神社に祀られているというのは、妙だと思う。ただ、先に述べたように瀬織津姫は、琴畑の白滝神社から運ばれ合祀されたのが明治だというのだが、この倭文神社を文殊と呼び知恵の向上を祈り、学童の清書を奉納し筆績の上達を祈るというのは、以前の文殊菩薩を祀っていた経緯から今でもそう呼ばれるのだろうが、本来の倭文神社の意味が伝わっていないのだろう…。

ところで倭文神社の発祥の地は、茨城県那珂市静「静神社」。織物の神様である、建葉槌命を祀る。
式内社でもあり、常陸國二ノ宮でもある静神社で、ちなみに一ノ宮は鹿島神宮だ。元々この地は合併前、瓜連(うりづら)という地名だったが、古くから「静(しず)」とも呼ばれていた。それで静の地で織った織物だから静織(しずおり)」と言う。

大陸系の織物を「文(あや)」と呼ぶが、日本古来の織物と言う意味で「倭文」と書く。「しずおり」がなまり、「しずり」や「しとみ」「しとり」となったようだ。この事から、何故土淵の五日市の地に、倭文神社が鎮座して、祭神が天照皇大神瀬織津姫命、下照姫命となったか考えなければならないだろう。ところで、知っている人は今、どれだけいるだろう?唱歌の「鎌倉」という歌がある。


七里が濱のいそ傳ひ、
稻村崎、名將の
劒投ぜし古戰場。

極樂寺坂越え行けば、
長谷觀音の堂近く、
露坐の大佛おはします。

由比の濱邊を右に見て、
雪の下道過行けば、
八幡宮の御社。

上るや石のきざはしの
左に高き大いてふ、
問はばや、遠き世世の跡。

若宮堂の舞の袖、
しづのをだまきくりかへし
かへしし人をしのびつつ。

鎌倉宮にまうでては、
盡きせぬ親王のみうらみに、
悲憤の涙わきぬべし。

歴史は長し七百年、
興亡すべてゆめに似て、
英雄墓はこけむしぬ。

建長・圓覺古寺の
山門高き松風に、
昔の音やこもるらん。



この「鎌倉」の歌の五番目「若宮堂の舞の袖…。」というのは源義経の愛人である静御前を歌っているものだ。


「吉野山 峰の白雪 踏み分けて 入りにし人の あとぞ 恋しき」


義経と別れ、鎌倉に呼び出された静御前は、頼朝の前で上記の歌をよんだ。今でも義経を愛しているのだと。そしてその後に、下記の歌を詠んだ…。


「しずやしず しずのおだまき 繰り返し むかしを今に なすよしもがな」


「おだまき」というのは、「苧環」とも「小田巻」とも書き記し、昔の糸を繰る道具だ。真ん中が空洞になっていて、糸を巻きつけて使うもの。くるくる廻るので、これから「おだまき」というのは「繰り返す」という言葉の枕詞になったようだ。

「しずの」というのは「賤(シズ)」という布の事で、これは身分の低い人が着た衣服の布。そこで静御前は、この「しずの…」という言葉に自分の名前「静」をかけて「白拍子のような賤しい身分の私」と表現する事で、頼朝に対して皮肉を言った訳となる。この後、頼朝は猛烈に怒ったそうだが、北条政子に「女とは、こういうものです。」と、窘められたのだと云う。
by dostoev | 2010-11-16 12:22 | 瀬織津比咩雑記 | Comments(0)
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