「後拾遺和歌集」での和泉式部の歌がある。
「物おもへば沢の蛍も我が身より あくがれいづる魂かとぞみる」 そとて、その歌に対する貴船の神の返歌。
「奥山にたぎりておつる滝つ瀬の たまちる許物な思ひそ」 この歌を読むと、まるで貴船の神は滝神かとドキッとしてしまう。「後拾遺和歌集」の成立は1086年なので平安末期だが、和泉式部が詠ったにせよ、その伝承はもっと遡ると考えても良いと思う。和泉式部は、天元元年頃(978年)の出生とするのが通説となっているが、現代でも100年前の明治時代の伝承やら伝説、または迷信なども含め伝わっているのを考えると、更に100年程遡ってもいいのではないだろうか?つまり9世紀、もしくは8世紀まで遡り、貴船の神は滝神であった、と考えても良いかもしれない。
ところで高龗神もまた滝神で「高」は、山峰をさし「龗」は、竜神で雨を司る神とされ、またはその対の闇龗神の「闇」は、谷を表して、二神で対の信仰となっていたようで、極端な個性は感じない。ただし高龗神と瀬織津姫の共通性は、滝神というだけではなく、剣から発生した神だという事。瀬織津姫はスサノオとアマテラスの誓約の際、アマテラスがスサノオの十拳剣から生ませたのが宗像三女神。また高龗神は、イザナギがカグツチを、やはり十拳剣で切り、その剣の柄に溜った血から生まれたのが?神となる。別に淤加美神とも言い表す。正確には、純粋に剣から生まれたのが宗像三女神で、カグツチの血と剣が加わって生まれたのが淤加美神となる。聖数として「三」という数字がある。三貴子として、アマテラス、ツクヨミ、スサノオがいるように、何故か古代は三つに分ける習慣がある。この三分割は、原初信仰の三光信仰(太陽・月・星)というのもあるのだが、ある意味何かの誤魔化しでもあるような気がして
ならないのだが…。
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