蘭若に帰り給ひて、堂の前を深く堀せて、鉢のままに埋めさ
せ、永劫があひだ世に出づることを戒しめ給ふ。今猶、蛇が
塚ありとかや。庄司が女子はつひに病にそみてむなしくなり
ぬ。豊雄は命恙なしとなんかたりつたへける。
道成寺へは、まだ一度も行った事が無いのだけど、道成寺境内の本堂前に金巻のあとの「蛇室」の石碑があり、清姫の蛇塚は、境外の田の中にあるというが、この「蛇性の淫」のエピローグの記述は、まさに「安珍・清姫伝説」に帰結させるものなのか?
ところで真女児に取り憑かれた富子は結局、病気になり死んでしまうが、豊雄は命に別状は無かったと伝えられたと結んでいる。もしも、豊雄に少しでも真女児と、犠牲になった富子に対する想いがあったのなら、その後に出家したとなるのだろうが、ここでの豊雄は、単なる被害者の男であっただけ。しかし安珍は因果応報、清姫に鐘の中で焼き殺されてしのうのだが、豊雄は一般的な怪談映画の主人公よろしく、無事に生き延びている。これを、どう捉えるか?
ここまで読んできて、上田秋成はストーリーの中にいいろなプロットを散りばめて、皮肉交じりでストーリーを展開してきたようだが、エンディングに関しては何故か釈然としない。ただ逆に言えば、単なる怖い話として一般に知らしめた「蛇性の淫」を、その当時の人々がどこまでその奥を知り得たのか?という事なのかもしれない。この結末を記した秋成の心情に関しては、もう少し考えてみたい。自分の中で、一つの結論がでた。豊雄が何故生き永らえたのか?
蛇は祟るもので、今も昔も有名なもの。その蛇である真女児が何故、豊雄を祟らなかったのか?それはやはり、純粋に豊雄を愛していたのだと思う。「可愛さ余って憎さ百倍」という言葉があるが、あれほどの仕打ちをされても真女児は豊雄に対して、何もしなかった。ただし二人の間を邪魔する者達には徹底して、その憎しみを曝け出した真女児であるが、豊雄に対しては、それは結局無かった。
ここでやはり思い出すのは「道成寺」で、その可愛さ余って憎さ百倍を実践した清姫の激しさ。当然この「蛇性の淫」も「安珍清姫」の話を意識して作られたのはわかるが、真女児は清姫にはならなか
った。それはやはり、豊雄への愛の深さを現すものだと思うのだが…。
* 補足
真女児(まなこ)という名の発生は"愛子(まなこ)"からきているのだという。なので「蛇性の淫」は真女児の、恐ろしくも悲しい愛の深さを現した物語だったのだと思う…。
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-14977164"
hx-vals='{"url":"https:\/\/dostoev.exblog.jp\/14977164\/","__csrf_value":"4ab346ca0e02f6c9d6673dfa4991d9b23d2bc8d2c5bcfc68e37f40000e0febe0ee934a02db4d745bdf9aec06b1b0e47fd1fed917007f95a028a64ac99d7f3b54"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">