遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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「蛇性の淫」結

この吉野での出来事があり、豊雄は紀の国へと帰った。家族は、豊雄が独り身なので、こういう目に遭うのだと、妻を迎える事とした…。

芝の里の庄司という男の一人娘で、富子という女性との婚姻が結ばれた。行儀もよく容姿も美しかったので、豊雄は富子に満足したようだったが…婚姻を果たした2日目の夜に、その富子が言葉を発する。

「古き契りを忘れ給ひて、かくことなる事なき人を時めかし
給ふこそ、こなたよりまして悪くあれ。」



富子の口から、真女児の声が響き、豊雄は恐怖にかられた。蛇は執念深く、人に取り憑くものとされたのだが、この取り憑くという事だが、蛇は男根の象徴ともなりえる。古来から、蛇は女性の内部に侵入したという逸話が多い。


「田舎医者 蛇を出したで 名が高し」


こういう川柳が流行ったのは、昔の女性の下着は腰巻で、下半身が無防備だった為に、野山で花摘み遊びをした後に、昼寝をしている最中、蛇が侵入したという事件が多かったようだ。

また、野山は里と違い異界であるから、女人禁制の山が、かなり制定されたらしい。これは山伏が山に入り込み、山の修行は男の場所だと、女性の出入りを禁じたという説もあるが、ある場合では妊娠のイステムが昔はわからなかった為とも云われる。

これは、女性というものは子供を産む存在ではあるけれど、それは何も人間の男だけでなく、いろいろな動物や物の怪とも交わって、子供を成すのでは?と信じられていたようだ。だから、その女性を異界の生き物から守る為に、女人禁制とした山も多かったとか。

今昔物語などにも、女性の陰部に侵入しようとした蛇の話があるが、内部に侵入するというのは、その人格を乗っ取られるという意識もあったようだ。

また女性は巫女などという存在もいるので、神を降ろす憑代としては最適な存在である。霊媒体質と云われる人の殆どが女性というのも、お腹に生命を宿す事ができる女性ならではなのだろう。ただ繰り返して言うけれど、宿すものは何も、人間の子供だけでは無いと思われていたようである。

元々蛇は、三輪山の蛇ではないが、男が多かった。それがいつしか、蛇の執念深さと女性の執念深さ、嫉妬深さが重なり合い、女性と蛇が結びついたようである。だから今回、蛇である真女児にとって、富子の体を乗っ取るという事は、簡単だったのだろう。

ついでに補足すれば、同じ紀の国に「道成寺」があった事にも、蛇女というキャラクターが起因しているのだと思う。


「吾が君な怪しみ給ふそ。海に誓い、山に盟ひし事を速く
わすれ給ふとも、さるべき縁のあれば又もあひ見奉るもの
を、他人のいふことをまことしくおぼして、強ちに遠ざけ
給はんには、恨み報いなん。紀路の山々さばかり高くとも、
君が血をもて峯より谷に灌ぎくださん。」


(そんなに怪しまないでください。海に誓い山にも誓った仲であるから、
こうして再びめぐり逢えるのに、他人の言葉を真に受けてわたしを遠ざ
けるならば、恨みを報いてもらいますよ。紀路の山々がどれだけ高くとも、
そのあなたの血を峯から谷に注いでみせましょう。)




この真女児の言葉の冒頭に「海に誓ひ、山に盟ひ…。」とあるけが、やはりこれは熊野が発行する起請文を意図してのものだろうと思われる。ちなみに起請文とは、ある事柄を神仏に誓うとともに、
もしそれが嘘だったり、その誓約を破ったとしたら、呪術的な力によって自分は罰を受けるだろうという意味あいを持った宣誓書で、熊野であれば「牛王宝印」である。海や山々に誓いを立てた事で、この「牛王宝印」と同じになるという事を含めて、真女児は豊雄に対し、恨みを報いてもらうと言ったのだと思う。それほど中世時代に確立された起請文=牛王宝印は絶対なのである。だから当然、豊雄は罪を償わなくてはならない…。



「又胆を飛ばし、眼を閉ぢて伏向に臥す。和めつ驚しつ、かは
るがわる物うちいへど、只死に入りたるようにて夜明けぬ。 」



これ↑は、豊雄の驚きを表す表現なのだけど、まさに蛇に睨まれた蛙になったかの表現で、合間に「和めつ驚かしつ」(なだめたり驚かしたり)と、映像にしたら多分笑うシーンのような気がする(笑)(^^;


ところで、たまたま登場した法師は、霊験あらたかな僧という評判の者。ところがこの時代、胡散臭い法力者も多かったらしく、今も昔も?法外な値段にてお祓いをする者を皮肉る形で登場させたのだと思う。



「老いたるも童も必ずそこにおはせ。此の虵只今捉りて見せ奉らん」


法師は自信満々に真女児の居る部屋に入るのだが、その瞬間に、法師を威嚇する。正体を現した蛇の頭は「戸口に充ち満ちて大きい。」そして、白蛇であるから、その色合いは「雪を積みたるよりも白く輝々しく」眼の輝きは「鏡の如く」角は「枯木の如」そして「三尺余りの口を開き」「紅の舌を吐いて」、只一呑に飲むらん勢をなす…とある。

魔物の眼の輝きを現す場合は大抵、鏡のようにという表現が一般的だ。ましてや鏡は、元々蛇の古語「カガ」から変化して、「カガの目」が、後に語音変化して「カガミ」となり、今では金偏となって、蛇の姿をみる事が出来ない。正月の鏡餅は元々蛇のとぐろを巻く姿を現しているので、鏡はその
まま蛇を現す。

また角は枯木の如くは、そのまま齢を重ねた蛇を現す表現だろう。ただ角があるから、龍と同じだと思えばいいと思う。

そして三尺(約1㍍)余りの口をという表現は、それだけ大きいという表現に加えて、三という聖数を表し、神秘性を醸し出す為なのでは?と思う。三は…例えば、蛇体になった甲賀三郎や伊吹童子も、元は伊吹の弥三郎と言われた。また、新潟などに伝わるヤサブロウバサも三を有する。また風の又
三郎も三があり、神秘的な力を持つものは三という数字を有しているものと考えてもよいと思う。

法師は、真女児である蛇の毒気にあてられて死んでしまう。これ以上、犠牲を出してはならぬと豊雄は、自ら真女児の元へと向かった。本性を出すほどに怒りをあらわにした真女児だったが…。


「…ひたすら吾が貞操をうれしとおぼして、徒々しき御心をなおぼしそ」

(ひたすら私があなた一人を一途に思い慕って貞操を守っ
ているのに、不実な心をみせないでください。)




この真女児の言葉は、嘘か真か…人々の間に広がる蛇の意識は淫らなるもので、いろいろなものと交わるのが蛇だと。ところが、この真女児の言葉は、人間界に蔓延する蛇に対する意識を否定するものである。しかしこれは、この作品をここまで読めばわかるように、真女児は豊雄に対する不誠実な態度は示していない。逆に、豊雄は真女児の正体が魔性のものと知って、態度を翻したのであるから、恐ろしい描写の中ではあるけれど、異類婚の展開を表す。

異類婚とは「夕鶴」しかり「雪女」しかり…異類であるものが人間の女性に化けて近付き、婚姻を果たすのだが、男は女の示すタブーを破ったり、不実な行動にでてしまうという典型的なパターン。この異類婚は、女というものは常に本性を隠しているものだ。そして男は、必ず約束を破るものだ…と昔から云われているものだ。契りを結びながら、真女児の正体を知って避ける豊雄は、やはり最低男?(^^;


しかし豊雄は、真女児に対して反論する…。



「世の諺にも聞ゆることあり。『人かならず虎を害する心
なけれども、虎反りて人を傷る意あり。』とや。汝、人な
らぬ心より、我に纏うて幾度かからきめを見するさへある
に、かりそめ言をだにも此の恐ろしき報いをなんいふは、
いとむくつけなり。れど吾を慕う心は、はた世人にもかは
らざれば、ここにありて人々の嘆きを給はんがいたはし…。」



ここに登場する諺は、中国の「白娘子」と同じ言葉を書き綴っている。ただ昔の中国では、虎は猫の王であり、人を騙して旅人などを食べる存在で恐ろしいものだという認識によりできた諺だと思う。

それと気になるのは…「かりそめ言をだにも此の恐しき報いをなんいふは、いとむくつけなり。(私のちょっとした言葉に対して、恐ろしい仕返しをする脅し文句を言うというというのは、大変恐ろしい事だ。)」この↑セリフを読むと、豊雄には自らの言葉に対する責任を感じていないのがわかる。逆に、周りを巻き込み祟るという真女児に対しての批判になっている。

しかし真女児は豊雄が「我をいづくにも連れてゆけ。」という言葉に対して、嬉しそうにする。真女児にとっては純粋に豊雄を求めているのだという事もわかる。

過去に登場した、吉野での翁は蛇は様々なものと交わる淫らな存在だという言葉が、ここの真女児の仕草には微塵にも感じられない。話は結末まで行っていないが、秋成がこの物語で言いたいのは、恐怖の物語に隠れているが、一般的な人というものは、異なるものに対する偏見に加えて、不実な人間の心を説いでいるのかもしれない。そうでなければ、原型となった物語「白娘子」がハッピーエンドで終わったように、この「蛇性の淫」もハッピーエンド終わらせなければならなかった筈だ…。
by dostoev | 2010-11-14 09:13 | 「蛇性の淫」
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